第26話運が良いんですよね……?(再び)
大量のモンスターがいた部屋に入ると、落ち穂拾いのように一つ、一つ、魔石を手に取り、リュックに入れていく。
数が多く大変ではあるが、五人で作業をすれば時間はさほどかからない。数分で約半数を拾い上げることが出来た。
正人は背伸びをしてから腰をトントンと軽く叩く。
四人は魔石を拾い続けている。外からモンスターがやってくる気配はない。
異常なし。作業を再開しようとして下を見ると、床が薄く光っていた。
「なんだ……?」
気づけば部屋全体の床が光っており、時間と共に強くなっていく。
――ダンジョントラップ。
正人の脳裏にその言葉がよぎった。
巨大なスケルトンと出会ったときの苦い思い出が蘇る。
一度あることは二度あるとはいうが、立て続けに狙われるとは予想だにしなかった。
「部屋から逃げ――」
警告は間に合わなかった。一際大きく床が光り、この場にいる全員の視界を奪う。光に包まれると部屋には魔石だけが残されていた。
正人たちが真っ白な世界から回復すると、そこには2.5mはある一体のオーガが立っていた。頭部には一本の角がある。通常であれば緑色の肌をしているが、目の前のオーガは真っ赤だ。手には長い金棒を持っていて、複雑な模様が描かれている。
足下には潰された人間だった物体や、手足が引きちぎられた死体がある。四人分の分解されたパーツが散らばっているのだ。その近くに腰を抜かしている男性が一人いた。
「や、やめてくれ! なんで、オーガがこんな強いんだよ!! なんなんだよ! お前は!!」
悲鳴に似た叫び声が心地良いのか、嘲笑っているような表情を浮かべている。手に持った金棒をゆっくりと振り上げる。男性は恐怖のあまり失禁しており、歯がガチガチとなっていた。その様子を見て気分を良くしたのか、オーガの笑みはさらに深まり、ついに振り下ろされる。床が振動し、床に赤黒いシミができた。
誰かがヒッと悲鳴を上げた。
オーガは金棒に着いた肉をつまむと、口に放り込む。クシャクシャと、耳障りな咀嚼音が聞こえてくる。
突如として現れた正人らには気づいておらず、逃げるなら今しかない。
正人は出口だった場所を見るが、木製のドアではなく石造りの壁があるだけだった。さらに周囲をよく見ると、部屋の大きさも違う。一回りほど大きくなっており、オーガの奥に固く閉ざされた鉄製のドアまであった。
別の部屋に強制移動したと、正人が理解するのに時間はかからなかった。
問題は、現在何層にいるかだ。
一~四層の可能性は低い。五層のボスはオーガではあるが、緑色の個体で目の前のような赤い肌はしていない。
(けど、先ほど潰された男性の発言は参考になる。まるで不運にも特殊なオーガに出くわしてしまったような……そういえば、たまに五層のオーガ討伐に失敗する話があった。もしかしてランダムで強いオーガが出るのか…? 毎回全滅するから目撃情報がないだけとか?)
圧倒的に情報が不足しているため、正人はこの場で答えを出すことは出来なかった。五層のボスなら倒せば無事に帰還できる。だがそれより下であれば、倒した後のことも考えなければいけない……が、結局、目の前にいるオーガを倒さなければ先に進めない。
分からないことを考える前に倒してしまえと割り切った正人は、隠密スキルを使う。一気に存在感が薄くなり、誰からも注目されなくなった。
ここでようやく、仲間の様子を見る余裕が出来た。
初めて見る惨殺死体に青ざめている。手は震えていて、戦える状態ではないのは一目で分かった。
正人だって許されるのであれば、同じようにしていたかった。だが春や烈火のことを思えば、ここで死ぬわけにはいかない。長男として、大黒柱としての責任感が放棄することを許さなかった。
回り込むようにしてオーガの背後を取り、ナイフの刃を持つ。
――投擲。
スキルを使い、貫通力の増したナイフがオーガの頭部を狙う。オーク戦では一撃必殺、必中の投擲スキルだだったが、今回は相手が悪かった。魔力の動きを察知したオーガは、振り返りざま金棒で叩き落とす。まるで後ろに目がついているような反応だった。
投擲スキルを使ったため、すでに隠密の効果は切れている。逃げるためにもう一度スキルを使っても無駄だ。気づかれていない状況ではないと効果が発揮しないのだ。奇襲が失敗してしまった以上、正面から戦うしかなかった。
「グォォォォォオオオオ!!」
危うく命を刈り取られそうになったオーガは、怒りの咆吼を上げる。
魔力のこもった声は衝撃波となり襲いかかる。正人はレベルが上がっているおかげで影響はないが、他の四人は違った。
先ほど潰された男性のように、腰が抜けてしまい、尻餅をついてしまう。恐怖とスキルの効果によって動きが取れない。何もしなければ一人ずつ潰される運命になるのは間違いなかった。
「こっちだ!!!!」
――肉体強化。
小細工は一切なし。オーガが仲間の方に意識が向く前に、正人は飛びかかった。
横に振るわれた金棒を跳躍して回避する。そのまま攻撃に移ろうとしたが、正人の頭上に影が差す。視線を上げると、オーガの手が迫っていた。
バンッ! っと音とともに床に落とされる。オーガは反射的に叩いただけなので、力はそれほど込められておらず、多少のかすり傷を負っただけですんだ。
だがナイフでは届かない距離まで離されてしまう。
正人はナイフで攻撃しようと走り出そうとするが、その前にオーガが動いた。
重量感がある金棒を軽々と振るい、近づくことを許さない。正人を追い詰めていく。あまりの勢いに、後ろに逃げるしかなかった。
ブン、ブンと風を切る音が聞こえる。徐々にだが恐怖心が全身を包み込もうとする。全てを投げ出して逃げ出したくなるが、今だ動けない四人を見捨てることは出来なかった。
せめて動けるようになるまでは時間を稼ごうと、息を切らしながらも回避を続ける。
それに苛立ったオーガが、大きく息を吸い込んだ。
正人は飛びかかるのではなく、魔力の流れを観察する。肺から喉へ、そして口から外に向かって声と共に魔力までも放出されていることが分かった。
「やっぱりスキル。……能力は、なかったはず」
通常のオーガが使用するスキルは自動回復のみだ。武器が大剣から金棒に変わっただけでなく、咆吼といった特殊なスキルまで保有している。通常ではあり得ない。正人は再びイレギュラーな個体に出会ってしまったと、自身の不運を嘆いた。
二度目の咆吼スキルの効果で、他の四人は、またしばらくの間は動けない。
オーガの猛攻が止まっている今がチャンス。正人はファイアーボールを二つ作り、左右からはさむようにして放つと同時に走り出した。
巨大なスケルトンが使っていた戦法を参考にしたやり方だ。避けたとしても追撃が可能で、正人も苦しめられた。オーガにも効果があると考えて放ったのだが……。
横一線に振るう。
たったそれだけの動作で、金棒に衝突したファイアーボールは爆発し、正人は後退を余儀なくされた。
近づけない。魔力を込めていないファイアーボールだと簡単に打ち消されてしまう。もっと威力を高めれば有効打にはなるが、時間を稼いでくれる前衛がいないので、それも難しい。
先ほど戦いでできた打ち身が、ジンジンと痛みを主張してくる。
打開策が見つからないまま、オーガの猛攻が再開される。
正人はかわしながら、時間をかせぐことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます