第27話ボスからは逃げられません
オーガの一振りには必殺の威力が込められており、かすっただけでも当たり所が悪ければ重傷だ。直撃すれば、床のシミに仲間入りすることとなる。
金棒を転がって避ける。勢いを活かしてすぐに立ち上がると、続く斜めから振り下ろされる攻撃は、一方後ろに下がってやり過ごす。
正人は死と隣り合わせの緊張感に心折れることなく、反撃の機会を辛抱強くよく待っていた。
「グォォォォ!!」
苛立ったオーガは、雄叫びを上げて攻撃が激しくなる。バックステップ後の着地した瞬間を狙って、オーガの前蹴りが正人の顔面に迫った。
――短距離瞬間移動。
一瞬で3メートルほど離れた場所に移動をしていた。
攻撃を回避し続けることで経験が蓄積されて、スキルとして手に入れたのだ。
たった一人で強敵と逃げることも許されず、強制的に戦わされる。
普通であれば足を止めてしまう絶望的な状況の中で、それでもなお足掻き、生き残ろうとする気力が残っている理由は明白だ。
生きていれば倒すためのスキルが手に入るかもしれない。そんな希望が支えていた。もしスキル昇華を覚えていなければ、早々に諦めていたかもしれない。
「強力だけど使いどころが難しいスキルだ……」
短距離瞬間移動のスキルは、空間を捻じ曲げて使用者を移動させる。発動から移動までにかかる時間は一秒にも満たない。非常に強力なスキルだが、制限も多い。
移動距離は五メートル以下、障害物は越えられない。一度使うと、体内の魔力が大きく減少するため、連続使用をすると併用しているスキルが使えなくなるといった問題もある。とはいえ、短距離瞬間移動のスキルを覚えていなければ、オーガの攻撃に耐えられはしなかっただろう。
新しく昇華されたばかりのスキルを駆使し、心が折れそうになりながらも逃げ続け、ようやく反撃の機会を得ることとなる。
オーガの背後から矢が飛んできたのだ。
刺さることなく腕で叩き落とされてしまうが、オーガは攻撃した人物を見るために、正人に背を向けた。
その僅かな隙を狙って刃を上にしたナイフをブスリと刺す。そのまま切り上げて傷を広げた。
「グガァァァァ!!」
オーガは憎しみのこもった瞳でにらみつけ、正人を叩き潰そうとする。
――短距離瞬間移動。
それをスキルで回避した。移動先は投擲したナイフが落ちていた場所。拾い上げて、左右手にそれぞれナイフを持つ。
血は激しく流れ出ているが、倒れる気配はない。傷が浅いのだ。追撃して致命傷を与えたいところではあるが、両腕をがむしゃらに動かし、無軌道に暴れ回っているオーガには近づけない。
短距離瞬間移動のスキルを使い続けた影響で、体内の魔力は一時的に大きく低下。ファイアーボールを放つ余裕はなかった。
誠二も弓を放つが、叩き落とされて失敗している。
恐怖から脱した里香たちも、その状況下では近づけなかった。
さらに状況は悪い方に転がっていく。徐々にだが、血の流れが弱まっているのだ。
正人は急いで魔力視を使うと、体内の魔力が傷口に集まっている様子が見られた。
「――自己回復」
通常のオーガが持っている唯一のスキル。目の前の特殊な個体が使えないわけがない。むしろ、効果は高まっている。すでに外からでは、傷が塞がったように見えた。
痛みが落ち着いたオーガは、攻撃した正人ではなく、最初に邪魔をした誠二に向かって走り出す。
簡単に倒せそうな人間から潰して、数を減らそうとしているのだ。
「逃げろーーーー!!」
叫びながら、正人も同時に走る。だが、オーガの方が距離は近く、誠二は恐怖のあまり思考が停止して、棒立ちのまま。誰が見ても間に合う状況ではない。
突如訪れた他人の危機に、正人は耐えきれず、思考と感情がグチャグチャにかき乱される。
(ただ生きるために、生活のために探索者になっただけだ!! だから、誠二君をおとりにして逃げるのが正解なのに、なのに、心が拒否する。クソッ!! 見捨てたら、若者を搾取する老人どもと変わらないって言いたいのか!? それとも、ようやく仲良くなれそうだった人を救いたいのか? そんな正義感なんて持ってなかったくせに!! クソッ! クソッ! クソッ! 死にたくないんだよ! 死なせたくないんだよ!!)
――短距離瞬間移動。
オーガと誠二の間に正人が立つ。
振り下ろされる金棒を、両手を挙げてナイフ二本で受け止めた。
「うぉぉぉぉっ!」
レベル二で強化された体に肉体強化スキルがあわさり、拮抗する。
「無茶な!」
「いいから逃げるんだ!! 皆も巻き込まれる前にお願いだ! 一人の方が戦いやすい!」
ナイフからギリギリと金属が削られる音が聞こえる。長くは持たない。
誠二が悩んだのは一瞬。見捨てるのではない。邪魔にならないように退避するんだと自分に言い聞かせながら、固く閉ざされた鉄の門に向かって走り出した。里香、冷夏、ヒナタも後に続く。
オーガは逃げ出そうとする四人に意識が取られて、正人にかかっていた圧力が減った。力が緩んだところで金棒を弾き飛ばす。
「グァ?」
まさか人間に力負けするとは思わなかったオーガは、唖然とした顔を浮かべた。太ももを切り裂き、体勢を崩す。顔がちょうどよい位置に下がってきたので、ブスリと両目にナイフを突き立てた。
「グガァァ!!」
オーガが顔を押さえてうずくまる。
正人は無防備な背中に攻撃しようとするが、里香の声で止まってしまった。
「ドアが開かないッ!!!!」
ボス部屋は、どちらかが負けるまでドアは開くことはない。そうでなければ、先ほどのパーティーも全滅することはなかったかもしれない。
そうすれば、誰かが逃げ帰って赤いオーガの情報を持ち帰ることも出来たはずだ。
(でも、そうはならなかった。ここは5層のボス部屋で間違いなさそうだ。通常より強いのは特殊な個体なんだろう。
オーガと戦って全滅したパーティーの頻度を考えると、ごく希に今回みたいなイレギュラーは発生していた、そして、全滅して報告は上がらない。ということかな?)
両目を奪ったからといって、戦いの最中に思考を巡らすのは、目の前の脅威に対して不注意であり、油断だった。
腕をやたらめたらに振り回していたオーガの攻撃が、偶然にも正人の胸に当たる。
「ぐぁっ」
肋骨は砕け、壁に叩きつけられた瞬間に背骨や腕の骨にもヒビが入る。たった一撃。それも偶然に当たった程度の威力で、瀕死の重傷を負ってしまった。
オーガの目にはナイフが刺さったままで、手元に武器はない。
閉じ込められ、正人は瀕死の重傷だ。
誠二の心の中は恐怖で支配されているが、それでも戦うことに決めた。
矢がブスリ、脇腹に刺さる。次は腕、その次はほほ。ダメージを蓄積させていく。里香とヒナタは常に背後をとって斬りかかり、冷夏は腕が通り過ぎた瞬間を狙って足に刃を突き刺す。
レベル一では強固な肌によって、かすり傷ていどのダメージにしかならないが、それでもオーガの注意を引くことには成功していた。ナイフを引き抜くこともなく、暴れることを優先して、自己回復も中断させている。
正人はパーティーメンバーの奮闘を目にしながら、自身が参加できないことを悔やんでいた。指の一本も動かせない。痛みで意識が飛びそうだが、諦める理由にはならない。
視たのは、たった一度きり。使える確信はあった。
途絶えがちな意識を必死につなぎ止め、痛みの中心に体内の魔力を集中させる。移動のしかたは、ファイアーボールで覚えたので苦労はしなかった。
傷が治るように祈る。
正人の願望が魔力を伝わりスキル昇華に語りかけた。
『自己回復、体内の魔力を消費して傷を回復する』
脳内にスキル取得のメッセージが流れると、砕かれた骨が再生され、指が動くようになる。痛みは薄れ、意識もハッキリとしだした。
クリアになった視界でオーガを見る。
ちょうどオーガがナイフを抜き取り砕く瞬間だった。片目の回復が始まっているが、まだ完全ではない。
自己回復で魔力が大きく減った正人は、ゆっくりと立ち上がると、すぐに飛び出したい気持ちを押さえつけて魔力の回復に努める。
今できることは、オーガとの戦いを観察するしかなかった。
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