第147話昔のような平和な日々が戻って欲しいと願っているはずだ!

 休憩を終えた正人は、マンションの最上階にある共有スペースに入った。十人以上がくつろげるほどの広いスペースがあり、冷蔵庫や電子レンジ、キッチンなどもある。平時であれば子連れの主婦たちが集まって、おしゃべりでもしていただろう。


 しかし今は、むさ苦しい男たちが五十名近くも集まっている。隣と着しそうな程に密集しているのだ。どことなく汗臭かったり、ホコリぽかったりするのは気のせいではないだろう。


 この場にいる全員の視線は、モヒカン頭の蓮に集まっている。


「お前ら! 全員集合したなッ!」


 窓ガラスが振動するのではないかと思うほどの声量で、蓮は話を続ける。


「先ほどニュースでも流れたが、探索協会の威信を賭けた作戦が始まる! お前たちは全員参加してもらうぞッ!!」


 探索協会が大規模な告知したこともあって、失敗できない作戦だ。どのような理由があっても欠席は許されない。声をかけられた時点で、探索者に逃げ道はないのだ。


 この場に集まっている探索者は誰もが理解しているので、皆、覚悟を決めた顔だった。


「戦う理由はわかっているよな? 仕事や金のためじゃない。身近な人々を守るためだ!」


 両親、兄妹、友達……日本で生活していれば一人ぐらいは、大切な人はいる。探索協会のためではなく、身内のために戦う。そういった気持ちで探索者たちは集まっているので、非常に戦意は高い。


 一人一人が、俺たちの手で日本を救うんだという気持ちを秘めている。それは正人だって例外ではない。春や烈火がのびのびと暮らせるように、地上からモンスターの存在を一掃したい。そういった気持ちがあるからこそ、この場で戦い続けているのだ。


「お前たちの家族は、いつモンスターに襲われるかわからない日々を過ごしていないか?」


 この場にいる全員に心当たりがあった。モンスターの存在を怖がって、引きこもり……いや、巣ごもりが急増しているのだ。外出する機会は大きく減って、家で遊ぶ機会が増えている。


「実は俺の妻はモンスターが怖くて家から出れなくなってしまった。近所で元気に遊んでいた子供は、モンスターに襲われて入院している」


 悲しみの表情を浮かべた蓮の目から涙が流れた。

 数秒だけ沈黙が続き――。


「戦えない人々は、昔のような平和な日々が戻って欲しいと願っているはずだ。俺たちの手で取り戻すぞ!」


 言い終わると同時に蓮の背後に映像が映し出された。奥多摩解放作戦と書かれており、総勢5000名をも超える探索者たちが参加すると書かれている。


「早速、作戦を伝えよう! このマンションに集まった俺たちは、三室山を中心に山狩りを行う。標的はモンスターを生み出し続けていると言われているアラクネだ」


 画面が切り替わってアラクネの写真が映し出される。研究所で記録された戦闘シーンや産卵の映像が流れていた。


 アラクネは上半身が女性の人間に似た姿で、下半身は蜘蛛だが、生まれている子供は完全に蜘蛛の形をしている。大きな違いはサイズぐらいだろう。なんせ、生まれた瞬間から子供と同じぐらいの大きさがあるのだから。


「襲ってきた蜘蛛の親玉がコイツかッ」


 集まった探索者の一人が恨みのこもった声で呟いた。


 彼は先ほど大蜘蛛が一斉攻撃してきた際に仲間が一人、死亡。食われてしまったのだ。


「アラクネの生み出した大蜘蛛たちが都市になだれ込んだら、被害はもっと大きくなる上に、準備が十分ではない状態で戦うことになる。叩くなら今だと思わないか?」

「その通りだなッ! やってやる。俺はこの作戦にすべてを賭けるつもりだ!」


 同意する声が次々と上がっていく。最初に声を上げた探索者だけでなく、他にも仲間が犠牲になった探索者はいたのだ。


 会議場は殺意のこもった熱気に包まれている。


 そんな中で正人は冷静だった。静かに手を上げる。


「質問があります」

「お前は……正人だったな。いいぞ。話せ」


 責任者である蓮の許可が下りたので、正人は疑問をぶつけることにした。


「探索場所が山なら不意打ちを気にして慎重に進めなければいけません。地図を見る限り範囲は広いですし、時間はかかるかと思います。作戦完了まで、どのぐらいの日数を予定されていますか?」

「いい質問だ。探索協会は一か月で終わらせると言っている」


 多摩地と呼ばれる地域は広く、人里離れた場所に限定しても5000人では足りない。モンスターを完全に駆除するであれば、最低でも半年以上の時間はかかるだろうが、ノンビリしていたらダンジョンから利益のでない状況が続いてしまう。組織の利益を優先した結果、探索協会は短期間で終わらせろと指示を出していた。


「もちろん。普通は無理だ。まずモンスターを探すのに時間がかかるからな。だから、探索協会からとっておきのスキルカードを支給してもらっている」


 スーツの胸ポケットからスキルカードを三枚取り出した。探知機のような絵柄だ。


「索敵スキルだ。木々に隠れたモンスターも的確に見つけられる。これを覚えた部下が斥候として働くから、期間内にモンスターを撲滅させるのも不可能ではないだろう」


 例え効率よくモンスターを発見できたとしても戦えば傷を負うし、疲労も溜まりやすい。到底、一か月で達成可能な仕事ではない。正人は「いや、無理だろ!」と、突っ込もうとしたが、周囲の声にかき消されてしまう。


「貴重なスキルカードを無償で提供だと!?」

「今回ばかりは協会も本気だ!」

「5000人もいるんだ、絶対に勝てる!」


 興奮している探索者は、目の前のことにしか見えていない。モンスターさえ効率よく見つかれば、一か月あれば十分だと思えてしまったのだ。


 こうなってしまえば正人が何を言ってもこの場の空気は変わらないだろう。パーティー単位で参加している他の探索者と違い、単独で依頼を受けていることもあって反感を買ってしまうと思い、口を閉ざした。


 最悪、自分だけ助かるように動けばいい。そういった割り切った考えが思い浮かんでいた。


 その後もいくつか質問はあったが、出現するモンスターの特徴やアラクネの強さに関するもので、作戦そのものを疑問視するような声はなかった。


「出発は一時間後だ。モンスターどもに、どっちが狩る側なのか教えてやるぞ!」

「「「おうッ!!!!」」」


 参加人数や期日について疑問は残ったまま、作戦会議は終わる。

 探索者の元気な声が、マンション内の共有スペースに響き渡った。



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