第148話蓮さん、あそこに――

 会議は三十分ほどで終わった。


 装備一式をマンションから持ち出した正人は、ワゴン車の後部座席に乗って三室山の麓にまで移動している。


 すでにアラクネ討伐のベースキャンプ設置は終わっており、多摩地区で活動していた探索者が二百人ほど集まっている状況だ。


 正人たちが滞在していたマンションは第五グループと呼ばれており、翌日から山に入って大蜘蛛を狩りながらアラクネを探索する計画になっている。第一~第四グループは前日からベースキャンプ入りして、既に何度も山に潜む大蜘蛛たちとの戦闘をしていた。


 ベースキャンプに到着すると、正人は車から降りる。第五グループに割り当てられたテントで休む前に、現状を把握しようとベースキャンプ内を歩き始めた。


 まず目に入ったのは負傷者だ。治療用の臨時テントから人が溢れるほどケガ人が発生していた。作戦が始まって一日しか経過していないのに、この数は探索協会の予想をはるかに上回る。


 軽傷者は通常の治療をおこない、重傷者に対しては回復スキルが使用されているようだ。


 病院へ運ぶには距離上がありすぎ、また使える探索者は少ないため、重傷者限定というルールが設けられているのだ。


 治療班のなかには、道明寺隼人のパーティーメンバーであり貴重な回復スキルを持った小鳥遊優の姿もあった。


(さすが、協会の威信をかけた依頼だ。彼らも参加しているのか)


 しかも日本最強と呼ばれる道明寺がいるのであれば、数あるベースキャンプの中で本命である可能性が高い。近くにアラクネがいるかもしれないと、正人は気を引き締め直してからさらにベースキャンプを探索する。


 調理場では、晩ご飯を作るために大鍋をかき回している料理人の姿が見え、休憩スペースには山から戻ってきた探索者が、缶コーヒーを片手に談笑していた。


 パーティー単位で用意されたテント群には百名以上の探索者が待機しており、戦力としては十分なように見える。問題があるとしたら、やはり探索の範囲が広いことだろう。


 一か月という期限で隠れているアラクネを探すのは、やはり無謀。そんな結論を出そうとしていた正人の耳に、男の野太い叫び声が聞こえた。


「蜘蛛がきたぞッ!!」


 この場にいる全員が一点を見つめる。木々を揺らしながら、黒い川のような塊――大蜘蛛の集団がベースキャンプに向かって移動しているのだ。


 目算で千以上はあり、この場にいる探索者の数を優に上回るが、探索者たちの戦意は衰えない。


 修羅場をくぐり抜けレベルアップしている探索者にとって、この程度の危機は動揺するほどではないのだ。それぞれ武器を持つとベースキャンプをぐるりと囲んでいる鉄製の柵の前に立つ。有刺鉄線が巻き付けられており電流も流れているので、大蜘蛛の動きを鈍らせることができるだろう。


「ケガ人は治療テントに集めろ! 護衛は数人でいい! 残りは迎撃に参加しろ!」


 探索者たちの動きから少し遅れて、蓮が命令を下した。


 治療テントにはケガをした探索者のパーティーが集まっていて、防衛は十分だ。正人は防衛に参加するためにナイフを抜いて走り出す。


 視界の端に黒い影が映った。

 足を止めた正人は自らの直感に従ってスキルを使う。


 ――索敵。


 探索者が集まっている先に赤いマーカーが大量に浮かび上がった。青いマーカーが集まっているベースキャンプに向かっている。あと一分ほどで衝突するだろう。


 そして少し離れた場所に、赤いマーカーが一つあった。ベースキャンプを一望できそうな距離で全体を監視していて、単独行動が可能なモンスター。根拠はないが探索者としての経験が、答えを導きだした。


 正人は踵を返して蓮に向かって走り出す。


「アラクネが近くにいる!」


 有象無象の探索者が発した言葉だったら、蓮は命令違反だと叱りつけていただろう。だが、発言者は探索協会が一目置く人物、正人だ。多数のスキルを所有している可能性があると報告をもらっていることもあり、蓮は何らかの方法で察知したと考えた。


 蓮は覚えたばかりの探知系のスキルを使ってみると、脳内には正人と同じレーダーが浮かび上がり、離れたところに一つだけ赤いマーカーがあった。


「蓮さん、あそこに――」

「俺も索敵スキルを使って確かめた。よく気づいたな。一人で行けるか?」


 蓮は正人を真っ直ぐ見ながら言った。


 アラクネは浅い階層とはいえボスである。さらに地上に出てさまざまな経験を積み、賢くなった相手だ。レベル三の探索者でも一人で相手するのは危険である。そんな無茶な依頼なのだが、正人は笑顔を作り、自信ありげに返事をする。


「もちろんです。さっさと倒してきますよ」


 駆け出しだった頃の頼りなさはない。

 名実ともに日本でもトップレベルの探索者らしい姿を見せていた。


「任せたぞ! 余裕ができたら増援を送るからなッ!」


 軽く手を上げて蓮の言葉に返事をすると、正人は走り出す。


 後ろから爆発音が聞こえた。しかし振り返ることはしない。


 自分に任せられた仕事を全うするため、全力を尽くすつもりであった。

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