第146話今後どのような対処が考えられるのでしょうか?

 多摩地区に集められた探索者たちが住むマンション。そこの三階に、正人の部屋がある。


 ワンルームではあるが一人で暮らすには十分な広さがあり、洗濯機、冷蔵庫、エアコンといった電化製品は完備されている。清潔感のある快適な空間なのだが、正人は弟のいない生活は寂しいと感じていた。


 作戦会議まで時間はある。


 テレビをつけると冷凍庫を開く。レンジで温めればすぐに食べられるチャーハンやパスタ、焼きおにぎりなどが、みっちりと詰まっていた。一日に何度も呼び出されることもあって料理を作ることは諦めている。すぐに食べられるものばかり用意しているのだ。


 袋からパスタを取り出すと皿にのせてレンジに入れる。タイマーを五分に設定してから、スタートボタンを押した。明かりが付いて皿が回り始める。


 時間を持て余した正人は、テレビを見た。


「本日は、モンスターの地上進出問題に詳しい専門家をお呼びしました」


 アナウンサーが紹介したのは、白衣を着た女性だった。真っ黒で長い髪は後ろに束ね、メガネをかけている。テロップに表示された肩書きには、探索協会埼玉支部の所長と記載されており、名前は山田だった。


「さっそくですが質問です。地上に出たモンスターは数匹だったと言われていますが、なぜこれほどまで被害が増大しているのか、教えてもらえないでしょうか?」


 男性のアナウンサーが神妙な顔をしながら質問すると、山田は淀みなく答える。


「ダンジョンの外で繁殖をしているからです。モンスターは戦闘に特化しており、生まれたその日から生物を襲えるぐらいまで成長します。これが被害拡大の原因ですね」

「なるほど。そのような事情があったんですね」


 繁殖について隠しきれなくなったのか。


 映像を見ながら正人はそんな感想を抱だくのと同時に、会話の展開がどうなっていくのか興味を引かれた。


「今後どのような対策が考えられるのでしょうか?」

「数が増える前に撲滅するしかありません」

「それは可能なのでしょうか」

「もちろんです。そのために探索協会は動いていますから」


 山田とアナウンサーの背景に画像が浮かび上がった。

 これから探索協会が行う作戦の内容が記載されている。


「免許を保有している探索者全員に、ダンジョン探索中止の命令しました。それと同時に、地上にいるモンスターの討伐依頼を出しています」


 この決断は探索協会にとって大きなものだった。ダンジョンからの売上がなくなり、モンスター討伐に参加する探索者には手当をださなければならず、費用だけがかさむのだ。出来ればとりたくない手段であったのは間違いない。


 ギリギリまで決断を渋っていたのだが、モンスター襲撃の被害拡大が予想よりも早かったこともあり、探索協会は重い腰を上げて動くしかなかったのだ。


「また国に対してもレベル持ちの自衛官派遣なども要請しており、一日でも早く安全な生活が取り戻せるように動いております」


 モンスターが暴れ回るという国難に直面しているため、探索協会だけでなく国も動いてはいる。正人が助けた自衛官たちのことだった。


 彼らは重火器も使ってモンスターと戦っているため莫大な費用が発生しており、一時的に増税することも検討されている状況である。そのため、国ではなく民間の探索協会に任せるべきだという声が、日に日に強まっている状況だ。


「一日でも早く、ですか。具体的な計画などはあるのでしょうか?」

「奥多摩地区の山奥に潜んでいる大蜘蛛を撲滅させて、人が住める場所に戻します。避難所の生活はもうすぐ終わるので、みなさん期待してて下さい」


 公の場で探索協会の人間が断言してしまった。

 戦う現場にとって、これは強烈なプレッシャーである。モンスターと戦う当事者からすれば、「余計な発言は控えろ」という感想以外は出てこない。


 スーツ姿の男たちが挑発的な態度だったのは、このような発表がされると知っていてピリピリしていたのではないか、そんな考えが正人の脳裏をよぎった。


 山田は探索協会の活躍について話を続ける。

 モンスター撲滅対応について現在の状況が報告されていく中、里香たちが都内に出現したモンスターと戦って、市民を守っている動画まで公開された。


 冷夏やヒナタは帰宅途中だったらしく制服姿だったこともあり、女子高生まで戦って平和を守っている! といった好意的な意見がネット上に書き込まれていた。


 しかも、その直後に山田は平和を守るために探索者を募集していると宣伝していたのだ。負けていられない、家族や友人を守るんだと、闘志を燃やした人々は、探索者になるため動き出したことだろう。


 テレビに集中していた正人の耳にチーンといった音が聞こえた。レンジからパスタを取り出すと、テーブルに置いて床に座る。


 フォークで麺を巻き付けてパスタを口に入れながら、正人は再びテレビを見る。


「ブフッ!」


 思わず吹き出してしまった。

 画面には、大蜘蛛の集団にファイヤーボールを放つ正人の姿があったのだ。

 視点が人の背よりやや高いこともあって、ドローンで撮影されたことがわかる。


「戦闘が終わってから一時間ぐらいしかたってないぞ……どういうことだ?」


 本人は知らされていないが、探索協会はレベル三に達して複数のスキルを所有していると思われる正人を、ヒーローに仕立て上げようと計画していたのだ。そのため、正人が戦う場所には撮影部隊のドローンが飛んでいることもあって、常に監視されている状態である。


 百匹近くいる大蜘蛛を倒す衝撃的な映像。それを見た視聴者は、探索者の強さを実感すると共に奥多摩が解放されるという言葉を信じ始めていた。


 これらはすべて、探索協会の狙ったとおりの反応である。

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