第145話家に帰りたいんですがどいてくれませんか?

 探索協会から直接指名で依頼を受けた正人は、一か月ほど多摩地区のとある場所に滞在していた。


 ここはユーリが最初にモンスターを開放した研究所の近くにあり、遠くに見える山は、アラクネの巣窟になっている。人間が入り込めば大型の蜘蛛に捕食される危険地域だ。今までは山の周囲を警戒していれば問題はなかったのだが……。


◇ ◇ ◇


 自衛官を助けた正人は、戦闘があった場所から離れて通話をしていた。相手は探索協会の職員、谷口勝だ。


「ついに飽和したんですね」


 山奥で繁殖を繰り返していたアラクネは、いつか街に降りてくることは予想できていた。数が増えすぎて快適に暮らせなくなったのだ。これからも、食料や繁殖場所を探し求めて、何度も襲撃していくるだろう。


 探索者たちは山狩りをして間引きはしていたが、数に圧倒されて何度も失敗に終わっている。誰もがいつかは山から降りてくるとはわかっていても、有効な対策はないまま時間だけが過ぎていたのだ。


「ええ。これ以上はもちそうにありません」

「本格的に討伐が必要、ということですね」

「はい。時間が経過すればするほど、私たちが不利になります。最大戦力を投入して一気に数を減らす必要があるかと」


 随分と前から、正人と似た報告は各所から上がっていた。

 探索協会も手を打っている。


「本部からは既に作戦をもらっています。あと一時間もすれば、責任者が現場に到着する予定です」

「作戦ですか?」


 早い対応に驚きならがら、正人は少しだけ深く聞くことにした。


「気になりますよね。概要だけ先に少しお伝えしましょう。大蜘蛛の発生はアラクネが原因だと特定できています。今回は大蜘蛛ではなく、アラクネの討伐を開始する予定です」

「大規模になりそうですね」

「ええ、探索者が5000人ほど参加する予定です。目標のアラクネは一匹のみ。それが討伐されるまで、作戦は続ける予定です」


 多摩地区は広大だ。その中からアラクネを発見するのは非常に困難だと思われる。正人は作戦の難易度が非常に高いと感じた。


「絶対に失敗は許されない作戦です。詳細は責任者の吉田に聞いて下さい。正人さん、期待していますよ」

「……頑張ります」


 嫌な予感はしつつも、家族のことを考えれば断れない。前向きな返事をするしかなかった。


 スマホの通話終了ボタンをタップしてしまう。空を見上げてため息を吐く。


 里香たちだけでなく、春や烈火にまで会えていない日々が続いている。毎日、モンスターが暴れている場所に移動しては戦いの日々を過ごしていることもあって、電話をする時間すらとれていない。


 レベルアップした肉体であれば耐えられるが、精神は違う。早く仕事を終わらせて帰りたい。そんな気持ちが膨れ上がっていた。


「……戻ろうかな」


 近くに止めていた原付バイクにまたがると、ヘルメットをかぶってエンジンをかける。


 避難勧告がされて人が住まなくなった道路を進む。時折、ガラスが割られて荒らされている店を見かけて、正人は心を痛めたが関係ないと無視する。


 信号のランプはついていないので一度も止まらずに、探索者が拠点に使っているマンションの前に着いた。


 エントランスの近くに高級車が三台止まっている。周囲には男性が十人ぐらいほどおり、危険な現場だというのにスーツ姿だ。体格はよくサングラスをかけているので、ぱっと見の迫力はある。


(高レベル探索者特有の圧を感じない。たいした実力はなさそうだ。現役の探索者ではないだろう)


 原付バイクを止めてエンジンを切る。

 ゆっくりと手で押しながら正人はスーツの集団に近づいていった。


「止まれ」


 高圧的な態度が気になりながらも、正人は立ち止まった。


「家に帰りたいんですがどいてくれませんか?」

「お前は探索者か?」


 質問には答えず、スーツ姿の男性は高圧的な態度を変えない。


 探索者業を続けていく上で舐められてはいけないため、原付バイクのスタンドを立ててから、正人はゆっくりと歩き出す。


「人への聞き方というのを教えてあげましょうか?」


 ――ファイヤーボール。


 大蜘蛛を焼き殺した火の玉が、正人の周囲にいくつも浮かんだ。


 探索協会から依頼を受けた正人は、街中でもスキルを自由に使える許可書をもらっていた。人を殺してしまえば問題にはなるが、威嚇する程度であれば許容される。


 正人が一歩前に踏み出すと、スーツ姿の男たちは一歩後ろに下がる。


「お、お前、街中でスキルを使いやがったな」


 犯罪だぞ。


 そう言いかけたのだが、笑みを浮かべた正人に邪魔される。


「ご心配なく。私は特別に許可をもらっていますから」


 こんなわかりやすい嘘をつくとは思えない。許可をもらっているのであれば探索協会にとって特別な立場の人間。そういった考えがスーツ男の脳裏によぎる。正人の見た目が普通すぎたこともあって、まさかそのような重要な人物だとは思わず、ケンカを売るような態度を取ってしまったことに後悔していた。


 スーツ姿の男たちの失態、いや不幸は続く。


「どうしてこんな状況になった?」


 エントランスから、スーツを着た赤い髪のモヒカン男性が出てきた。顔中には切り傷があって、片目が潰れている。


 正人をチラリと見てから、スーツ姿の男たちに近づく。


 言い訳しようとした男を殴りつける。

 後ろに吹き飛んで仲間を巻き添えにしながら壁にぶつかった。


「どうせ。お前らが悪いんだろ」


 簡易な粛正を終えたモヒカン男は、正人を見る。


「うちの部下が失礼なことをした。謝るから許してくれないか」


 言い終わるのと同時に頭を深々と下げた。


 ここまでされて文句は言えない。正人はスキルを解除する。


「こちらも少しやり過ぎました。頭を上げて下さい」

「ということは許してもらえるんだな?」

「はい。お互い水に流しましょう」


 許可が降りるとモヒカン男は顔を上げ、笑顔を前に出す。


「俺の名前は吉田蓮だ。協会からアラクネ討伐の責任者として派遣された」

「正人です。話は聞いています。よろしくお願いしますね」


 お互いに握手をかわすと、蓮の顔が近づく。


「話に聞いてたより、やんちゃな男だな」

「探索者は舐められたら終わりですから」

「間違いねぇな」


 大声で笑いながら蓮が離れた。


「四時間後、マンションの共有スペースで作戦会議を開く。遅れないように」


 手をヒラヒラとふりながら、蓮は部下を連れてマンションの中に入っていく。


 一人残された正人は原付バイクを駐車場に止めると、荷物を置くため部屋に戻ることにした。


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