第144話安心して下さい。私がすべて倒します
日本の奥多摩。そこは、研究所から逃げ出したモンスターで溢れかえっていた。
一般人の立ち入りは禁止となり、主要道路にはレベル持ちの自衛官が検問を敷いている。彼らはモンスターを一目見たいという無謀な若者や道に迷った老人を足止めするだけでなく、山から下りてきたモンスターと戦うことも仕事の一つだ。
そういった事情もあり、自衛官は厳重な武装をしている。アサルトライフルを肩にかけており、腰にはアダマンタイトの刀をぶら下げていた。体はダンジョン鉄で作られた防弾チョッキに、アラクネの糸で作られた迷彩服を身につけており、ゴブリンに殴られた程度ではケガを負うことはないだろう。
さらには探索協会から貴重なスキルカードが配られており、現場の判断で覚えてもよいと許可されている。もちろん、全員分が用意されているわけではないので、指揮官といった上位者に限られる話が。
「今日も平和ですね~」
陽も沈みかけて眠くなったのか、山道の入り口を警備している自衛官があくびをかみ殺しながら言った。
日本中でモンスターが出現して暴れてはいるが、頻繁に被害が出ているわけではない。探索者たちの協力もあって最小に抑えられている。
今までは危険な現場にいてもモンスターに襲われる回数は少なく、気が緩んでいた。
「だからといって油断するなよ」
隣にいるもう一人の自衛官は、軽く注意するだけで済ませた。
もう一か月以上も何も起こっていないので、自分自身も緩んでいると自覚してしまっているからだ。
だからだろう。背後から枯れ草を踏むような音が聞こえても無視してしまった。
「あと二時間で交代ですから、厳しいこと言わないでくださいよ。仕事が終わったらレイちゃんに会いに行きません?」
「お前はスナックが好きだなぁ……」
「でも、先輩だって嫌いじゃないでしょ?」
「まぁな」
お互いに顔を見てニヤニヤと笑っていた。
仕事が終わった後に女性と楽しく酒を飲んでいる姿を想像していると、急に周辺が暗くなる。
二人が顔を上げると巨大な蜘蛛がいた。
「……モンスターだ!」
二人は驚いたものの、訓練で染みついた動きをする。アサルトライフルを構えてトリガーを引き、銃弾を放つ。
パンと一発だけ乾いた音が鳴ると、大蜘蛛の体内に穴が空いて緑の体液が出る。さらに銃声音が続くと穴だらけになった。木にしがみついていた大蜘蛛の力が抜けて、落下する。
「驚かせやがって」
「だな」
倒したからといって油断はしない。二人は周囲を警戒しながら本部にモンスター出現の連絡を取ろうとする。
「おい、あれ……」
木々の中から大蜘蛛の光る目がいくつも浮かび上がる。その数は百を超えており、銃弾をすべて使い切っても倒すのは難しそうだ。
この場を突破されてしまえばモンスターは市街地になだれ込んでしまい、民間人が殺されてしまう。
そんなことはさせられない。自衛官は自らが死ぬことを理解していても、なお時間を稼ごうと決心する。
「俺が囮になる。その間に本部に救援の要請をしろ!」
レイちゃんに会いたいと言っていた自衛官に指示を出した後、アサルトライフルでの攻撃を始めた。
弾丸が次々と放たれ、薬莢が地面に落ちていく。
強力な武器のおかげもあって大蜘蛛は死んでいくが、数は減ったように見えない。
『モンスターの襲撃をうけている! 種類は大蜘蛛。数は100以上だ! 戦っているが一分も持たない。すぐに援護をよこしてくれッ!』
状況を報告しながら、自衛官は間に合わないだろうと思っていた。
数と種類は報告したのだから、後は地獄への道連れに一匹でも多く殺すだけだ。愛するレイちゃんを守るためにも、気合いを入れて闘志を燃やす。
『すぐに探索者が一名到着する予定だ。三人で全滅させてくれッ!!』
人数が明らかに足りない。通信相手の男性は無茶なことを言っているとわかっていても、こう言うしかなかった。
同時多発的にモンスターが下山するという事件が起きたため、援護に回す人材が足りないのだ。
『ふざけるな! 一人増えたからって何が変わ――』
「安心して下さい。私がすべて倒します」
通信をしていた自衛官に話しかけたのは、中肉中背でどこにでもいそうな影の薄い男性、正人だった。
アダマンタイトの剣を片手に持ちながら、周囲に何十本もの光る矢――エネルギーボルトを浮かべている。
「き、君は?」
「救援要請を聞いてかけつけた探索者です。後は任せて下さい」
待機状態だったエネルギーボルトを放った。弾を撃ち尽くしてアダマンタイトの刀を抜いた自衛官の横を通り抜けて、道に出てきた大蜘蛛に突き刺さっていく。
一本一本の威力は弱いが、体を穴だらけにされてしまえば生命力の高い昆虫型とはいえ、力尽きてしまった。
だが、大蜘蛛は全滅していない。数は減ったがまだ残っている。
山から下りてくるとコンクリートの道を歩いて近づいてきていた。正人の近くにいた自衛官が銃を構えたが、頭部が熱くなったことに気づいて顔を上げる。
「太陽?」
直径十メートル以上もある火の玉が浮かんでいた。
「これで終わらせますね」
周囲に木々がないので山火事になる心配はない。
襲ってきた大蜘蛛のほとんどが車道に集まったところで、正人はファイヤーボールを放った。
熱気をばらまきながら一直線に進み、先頭の大蜘蛛に接触すると爆発。粉々に砕け散った。黒焦げに燃えてひっくり返った個体もあれば、半壊して緑の体液を垂れ流しているのもいる。
爆発が終わっても炎は消えない。
僅かに生き残った個体は、逃げ出す前に焼き尽くされてしまった。
「これが探索者の実力……なのか?」
自衛官が驚きの声を上げた。
部隊内にいるレベル二の仲間とは比較にならないほどの力だ。
本部の判断は正しかった。一人でも十分に対処できる人材を派遣したのだから。
「森の中に残党が三匹残ってますね。倒してくるので、この場は任せました」
索敵スキルを使って近くにいるモンスターの位置を把握すると、正人は一人で行ってしまう。
残された自衛官は、とりあえず本部に襲撃は終わったと報告することしか出来なかった。
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