第143話里香ちゃんと一緒にルームシェアする予定です(エピローグ)
事件が発生した当日、応援に駆けつけた警官に事情聴取された正人と里香だったが、一時間後にはモンスターを駆除した善意の探索者として無事に解放された。
オーガの首を素手で折るという、スキルを使用しなければ不可能に近い出来事もあったが、レベル三ならスキルなしでも可能と、探索協会が圧力をかけたことで深く追求されることはなかった。
権力者とは、敵に回すと怖いが味方にすると頼もしい。
不覚にも正人はそんなことを思ってしまったが、油断は禁物だ。
ただで貸しを作るほど探索協会は甘くない。必ず見返りを求めてくるだろう。
病院に連れて行かれた英子だが、なんとか生き残ることは出来た。しかし意識は不明のままいつ目覚めるかわからない。『復元』のスキルを使えば瞬時に回復させられるが、探索協会に秘匿しているスキルの存在がバレてしまう可能性が高いため、四人は話し合った結果、使わないとの結論を下している。
入院費は英子の口座――正人が振り込んだ金を使う予定だ。老人が増加して健康保険制度が何度も改悪され、自己負担額は増加しているが、それでもしばらくは金の心配は数年は不要である。
入院の手続きや英子の友人への報告などを済ませ、ようやく落ち着けるようになったのは、事件が発生してから一週間が経過したときであった。
◆ ◆ ◆
正人と里香は七瀬家に訪れていた。英子と話したときと同じく、ソファーに座っている。違いがあるとしたら、正面にいるのが冷夏とヒナタということぐらいだろう。
今日はこれから、今後について話し合う予定であった。
「英子さんはあんなことになってしまったけど……これから、どうする?」
搾取され続けてたとはいえ、モンスターによって親戚が目覚めることのないケガを負ってしまったのだ。看病するために、探索者をやめて普通の高校生として過ごすという選択をしても責めることは出来ない。正人はそう思っていたのだが、冷夏たちの考えは違う。
「今までと変わりなく、探索者を続けます。ヒナタもそうだよね?」
「うん! ようやく自由になれたんだから、これからはいっぱい稼いで、いっぱい使うよ!」
二人とも笑顔だった。
悲壮感などない。
むしろ枷がなくなったと喜んでいるように見えた。
そんな態度を見て正人は薄情だとは思わない。今までの英子の態度を見ていれば助けようと思わないのは当然であり、他人に左右されず自分たちだけで生き残ろうとする強さを感じていた。
「よかった。これからもよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくねー!」
長かった英子の問題がようやく解決した。
過去を見るのはこのぐらいにして、そろそろ未来のことを話すべきだろう。
「それでこれから冷夏さん、ヒナタさんは引っ越すんだよね?」
「はい。里香ちゃんと一緒にルームシェアする予定です」
探索協会が保証人となって、未成年の三人が住める家を用意してくれたのだ。
著名人の住む高級マンションに引っ越す予定なのだが、これは善意だけで決まった訳ではない。
探索者の中でもレベルの高い三人を住まわす代わりに、マンション付近の警備に使う予定なのだ。自宅を守るついでに周囲も無償で守れ。そういったメッセージが含まれているのだが、著名人が住む高級マンションに引っ越せるのだから、里香たちにとっても悪い話ではない。
「私は探索協会の仕事をいくつかこなしておくから、連絡が付かないと思う。何かあれば弟に伝言を頼んでね」
一方の正人は、探索協会から一つの依頼を受けていた。
山奥で繁殖を繰り返し、数が増大したアラクネの討伐だ。何度もレベル一~二の探索者を派遣したが、数に押されて返り討ちに遭ってしまい進捗は思わしくない。
失敗の連続で、世間から批判され続けている探索協会は、使いやすく従順で有能な正人を指名したのだ。もちろん、見返りはある。多額な報酬だけでなく、今後、探索協会から様々な優遇を受けられるだろう。有名探索者として特集されることも決まっており、使い捨ての駒とから脱却できるのだ。
この話をユーリが知ったら「協会の犬になるつもりか?」と責められただろうが、正人には犬になってでも守りたいものが多い。同業から罵られても、受け入れる覚悟があった。
「一人で大丈夫なんですか? やっぱりワタシたちも参加した方が……」
「ううん。それは協会が許さないよ。泥臭い戦場は男、街で華々しく人々を守るのは若い女性、そういった役割分担をさせることで、イメージアップを狙っているみたいだからね」
イメージ低下の激しい探索協会は、人目に付く場所で探索者が活躍している姿を見せて改善しようと考えている。レベル一やレベル二では返り討ちに遭ってしまう可能性もあるため、高レベルになった正人たちに探索協会が考えた”人々の平和を守る素晴らしい探索者“を演じてもらう予定なのだ。
「だったらなぜ、正人さんよりレベルが高い道明寺隼人さんは参加しないんですか?」
「彼はプライドが高いみたいで、泥臭い戦いはしたくないと言って断ったみたいだよ。協会も折れて、モンスターが地上に進出した原因を調査する依頼をだしたみたいだ」
探索協会はユーリがモンスターを解放した犯人だと確信している。
日本最高峰の探索者である隼人は、ユーリを追い詰めるべく行動することになるだろう。
「だから正人さんだったんですね……絶対に、無事に帰ってきてください」
「もちろんだよ。モンスターの目撃証言は増加しているみたいだから、三人とも気をつけてね」
天敵のいない地上でモンスターは驚くべきスピードで数を増やし、川を使って街に侵入するパターンが増えてきている。空を飛べるモンスターであれば上空から襲いかかることもあり、英子のようにある日突然、襲われることも珍しくはなくなってきているのだ。
思わぬ原因で、日本の安全神話は崩れ去った。
地球でも有数の危険地帯となっている。
「油断せずに戦います」
「もちろんです」
「はーい!」
里香、冷夏、ヒナタの順番で元気よく返事をした。
しばらくお互いに離れて行動することになる。
寂しさはあるが、お互いにやるべき仕事をこなし、ダンジョン探索が再開できるようになるまで、探索者として戦い続けると心に誓っていた。
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今回で一区切りつきました。
次章の準備をするため更新はしばらくお休みいたします。
電子書籍版の1~3巻が好評発売中ですので、そちらも読んでいただけると更新を続ける活力になります!
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