第142話早く助けなさい
「ワタシはゴブリンと戦います」
宣言すると、里香は襲いかかろうとしていたゴブリンを殴りつけた。レベル三の肉体は驚異的な威力発揮し、ゴブリンは吹き飛んでいき庭のブロック塀に突っ込む。穴が開いて、頭が突き抜けた。
仲間の惨劇を目の当たりにしてもゴブリンの動きは変わらない。人間の女性を好む性質があり、正人の存在を無視して里香に殺到する。
レベル一の時であったら敗北は避けられなかっただろう。だが経験を積んでレベルアップした里香であれば、スキルは使えず素手であっても余裕をもって戦える。
囲まれて殴られても、里香はたいした痛みは感じていない。
手助けをする必要はないとわかった正人は、オーガに集中することにする。
五階層目のボスとしても出現するオーガは実力差を察する程度の知能はあり、正面から戦えば正人と戦えば負けると理解していた。
正人が一歩踏み出すと、オーガは片手に持った英子を前に出して盾に使う。
「早く助けなさい――痛ぁあああ!」
涙を流しながら助けを求めたのが気にいらなかったようで、オーガの手に力が入り、英子の頭が変わってしまいそうなほど強く握られる。
(地上に出て知恵をつけたなッ! 人質は有効だとわかっていやがる。しかも焦っている俺を見て嗤いやがった。ダンジョンのモンスターはそんなことなかったぞ)
研究所から解放されたオーガは何人もの人間を襲ってきた。その際、同族を盾にすれば動きが鈍ることを学習したのだ。
正人は、野生にでて経験を積んだモンスターの脅威を感じる。
ダンジョンに出現するモンスターは、種族が同じであれば似たような戦い方をして個体差はほとんどなかった。だからこそ、探索協会が集めたモンスターの戦闘パターンは役に立ったのだが、目の前のオーガはその知識が役に立たない。
「いやぁああああ。いだいぃ、いだいよぉおおおッ……!」
オーガは恐怖心を煽るため、ギリギリ死なない程度に英子を痛めつけ、叫び声を上げさせた。嗜虐心がこみ上げてきたのか、オーガは笑いながら英子の腕を折って楽しんでいる。まるで無邪気な子供が人形を解体するような光景だった。
人質を取られて動けない正人は見ているしかできない。
どうやって助けようか考えていると、オーガの背後に銃を構えた警官が二人、現れた。
「止まれ! 警察だ!」
彼らは付近でモンスターが出現するかもしれないと、近隣に注意喚起の巡回をしており、タイミングよく七瀬家に訪れていたのだ。
正人の注意が警官に移った瞬間を狙ってオーガが動く。英子の頭を握ったまま反転すると走り出したのだ。
「く、くるなッ!!」
「ばか! やめろ!」
勢いよく近づいてきたオーガに怯えた警官の一人が、同僚の制止を無視して拳銃を発砲。パン、パンと二発、乾いた音がした。
一発はオーガの胸に当たる。皮膚を突き破ったが、分厚い筋肉に弾丸は止められてしまい軽傷止まりだ。アサルトライフルなど威力の高い銃であれば倒せたかもしれないが、拳銃では貫通力が足りなかった。
だがそれはモンスターを基準とした話である。残りの一発は英子の腹に当たって、内臓まで傷つけてしまう。酷い苦痛を感じ、悲鳴を上げた。
「いッッッッ!!」
民間人を攻撃してしまい、警官の二人は銃を下ろしてしまった。
モンスターを前に戦う意思を失うのは危険だ。見逃すはずがない。オーガは英子を掴んでいる腕を振り上げる。傷を受けて人質の価値の下がった英子を武器として使おうとしているのだ。
「させないっ!」
跳躍してオーガの肩に乗った正人が、地上では使用を禁止されているスキルを使う。
――身体能力強化。
オーガの顎を掴むと、全力で横に回す。顔が半回転するとゴキッと首の骨が折れる音が聞こえた。口から泡を吹いてオーガの全身から力が抜け、正人は肩から飛び降りると落下中の英子を受け止める。
「大丈夫ですか!?」
「いだいよぉ……いだいよぉ。どうしてわだしだけ……」
声をかけるが意識は混濁していて、まともな返事はない。
腹から血は流れ続けていて、止まらない。
発砲した警官は人を撃ってしまったと動揺していて役に立ちそうにないが、もう一人は救急車を呼んでいたので、正人は応急処置をするために傷口を押さえて止血を試みた。
「英子さん!!」
銃声を聞いて玄関を飛び出した双子が、倒れている英子を見て叫んだ。
搾取されていたとはいえ育ての親である。
二人とも悲しそうな表情を浮かべながら駆け寄る。
「何があったんですか?」
問い詰めるような勢いで冷夏が正人に言った。
「オーガに捕まった英子さんを助けようとした警官が発砲してしまってね。お腹に当たったんだ」
「どうして……そんなこと……」
街中でオーガに出くわすだけでなく、警官が誤って撃ってしまい当たるとは。運が悪すぎる。
「いだい、いだい………………死にだくない」
汗を浮かべながら英子がぶつぶつと呟いていた。
冷夏とヒナタは左右の手を取って励ます。
「大丈夫です。もうちょっとの我慢です」
「もうすぐ救急車くるよ!」
サイレンが聞こえてきた。すぐに家の前に止まると救急隊員がストレッチャーを押して走ってくる。
双子と正人は英子から離れると、救急隊員が慣れた手つきでストレッチャーに乗せると救急車に入れていく。
親族である冷夏とヒナタも一緒に入っていき、救急車は病院に向けて走る。
ゴブリンを倒した里香が正人と合流するころには、すべてが終わっていたのだった。
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