第337話 答えは?

 エトス枢機卿が使っている『恩讐』のスキルは、周囲にある魂を取り込んで命の残弾になる。ゲームの残機みたいなものだ。しかも死をトリガーにして自動で発動するタイプであるため、暗殺をしても蘇ってしまう。


 またスキル発動中は取り込んだ魂で肉体の強化も可能だ。一つの魂で強化できる幅は少ないが、戦場のような場所で数百、数千と集まれば話は変わる。


 素手で怪力自慢のオーガを殴り殺せるようになり、ドラゴンの鱗も砕けるようになるのだ。


 これだけでも脅威なのだが、最大の特徴は上限がないのとストックできることにある。


 異世界だけではなく地球に来てからも戦場を歩き渡ったエトス枢機卿が集めた魂は万を越え、ストックを使い出した今、正人が魔力切れまで『毒霧』を使っても殺しきれない。


 だからといってスキルを止めてしまえば、再生後に正人は殺されてしまう。


 地上では『経験昇華』のスキルは発動せず、ダンジョンへ転移しようにもエトス枢機卿に抵抗されて魔力では覆えない。


 倒すのであれば、正人は人生最大の博打をするしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 二人は瀕死からの復活を何度も繰り返している。『生存本能』までも発動しているが、身体能力がエトス枢機卿を上回ることはない。


 正人は『毒霧』以外の攻撃系スキルを試してみたが、氷付けにしてから体を穴だらけにしても即座に再生されてしまい殺せなかった。魔力の残量は少なく無駄なスキルを使う余裕はない。


 殺すのは不可能だと諦め、正人は方針を切り替える。


 ――拷問。


 拘束した相手に効果を発動するスキルだ。両手で抑えていることが条件達成に当たるかは、発動するまでわからなかったのだが、正人はスキルが効果を発揮したと感覚で理解した。


「体ではなく精神を壊してやる」


 内部情報を手に入れるのは諦め、エトス枢機卿に『エネルギーボルト』を叩き込む。


「ウギャァァッッ、グィィィッッッ」


 先ほどとは比べものにならないほどの大きな叫び声だ。『拷問』スキルの与える痛みは、万を越える残機があっても意味を成さない。


 驚異的な身体能力と鋼をも超える肉体を持っても、精神は普通の人間と変わらない。脆いままだ。


 ショック死してもすぐに意識が戻り、即座に脳が破壊されるような痛みは数十、数百回も続く。


 まさに生き地獄だ。


 痛みによってエスト枢機卿の思考は淀んで考えはまとまらず、体は痺れて動かせない。スキルの維持もできず残機がゼロになるまで復活だけを続けている。


 体ではなく精神の死を迎えようとしている。

 詰みの状態だ。


 あと十分も続けば確実に破壊できただろうが……賭に出るのが少し遅かった。


 強い吐き気と目眩を感じると、正人はよろめきながら後ろに飛ぶ。


「はぁ、はぁ……足りなかった、か」


 力が入らず膝を突いた正人の顔色は悪い。


 再生しながらも驚いているエスト枢機卿がつぶやく。


「なんだ……今のスキル…………は?」


 異世界におけるスキルの覚え方は地球と変わらない。魔物を倒してスキルカードを手に入れる方法が一般的だ。例外はユニークスキルであるが、経験しただけで新しいスキルを覚えるようなチート級のものは存在しない。


 したがって『拷問』『多言語理解』といったスキルは異世界に存在せず、また正人が複合、改良したスキルも覚えている人はいない。正人の覚えているスキルは複数の世界で見ても貴重なので、エスト枢機卿も改めて彼の重要性に気づく。


「お前、いいな……やはり、ラオキア教団に入れよ」


 汗を拭い、息を整えながら、エトス枢機卿は再び勧誘した。


 正人が手元にいれば貴重なスキルを覚えさせ、模倣スキルで覚えることも可能だ。組織の強化だけでなく、エトス枢機卿すらも強化できるのだから見逃す手はない。


 この場でハッキリと断れば戦いが始まるかもしれないため、答えは決まっているが正人は黙っている。


『拷問』スキルで精神を壊す手応えはあった。


 魔力切れの問題を解決する手段がないか思考をめぐらせていると、腰のポーチにしまっているスキルカードの存在を思いだす。


 ミイラから手に入れたそれは、黒い霧が人にまとわりついている絵柄だった。見た目からして呪いをかけるか、逆に防ぐ効果はありそうだが、まったく別であっても不思議ではない。


(残った僅かな魔力を使って、逃げる前に試してみよう)


 手を後ろに回してポーチの中に入れると、スキルカードに触れて覚えると念じる。


『ドレイン、触れた存在力を自身に取り込む』


 何を吸収するのかわからないが、正人は感覚的に使えるかもしれないと思った。


「答えは?」


 拘束されるのを警戒したエトス枢機卿は、離れたまま待っている。


 正人は周囲を見ると、瀕死のラオキア信者が倒れていることに気づく。手を伸ばせば届く距離だ。


 ――ドレイン。


 スキルを発動させるとラオキア信者に触れる。


 エトス枢機卿は何をするのか興味を持っていて動かない。腕を組んで待っていた。


「アァァァアアアアアッ」


 汚い悲鳴を上げたラオキア信者は、命と魔力、体力といったすべてを吸収されて絶命した。


 正人は枯渇気味だった魔力だけでなく、消耗した体力までも回復したように感じる。


 存在力とは命に類するもの。それを取り込んで回復したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る