第338話 まさ……と?

「顔色は良くなったが傷は回復してない。体力……いや魔力を奪い取るスキルか?」


 冷静に能力を確認したエトス枢機卿は『恩讐』のスキルに近いと感じた。違いとしてはストックできないことと、吸収できる力に違いがあることだろうか。命は当然として、細かな外傷すら回復できないのであれば脅威度はやや下がると判断したところで、正人が『自己回復』を使った。


「なるほど……別のスキルを組み合わせれば欠点を補えるな」


 エトス枢機卿は『拷問』スキルによって精神が疲弊しているが、まだ数千もある命があるため逃げるつもりはない。


 ラオキア教団には、美都が覚えている『強奪』の上位互換である『スキル化』を使える人間がおり、覚えているすべてのスキルをカード化させることも可能だ。使われた方は死亡するので、後腐れもない。


 正人に『スキル化』を使えば、いったい何枚のスキルカードが出てくるのだろうか。


 その中にスキルを覚えるスキルがあれば、世界の支配だって夢ではない。


 ここで殺すには惜しい人材だ。エトス枢機卿は方針を変えず、能力を見極めながらも捕らえることに決める。


 ――恩讐。


 場所を移動したことで『恩讐』のスキルから逃れていた死体から火の玉が浮かび出て、エトス枢機卿に取り込まれた。身体能力は僅かに強化され、命のストックも増える。


「さあ、戦おう! お前の力を……?」


 先ほどまで立っていた場所に正人はいなかった。エスト枢機卿は左右を見ても、顔を上げて空を見ても姿は見えない。見える範囲にどこにもいないのだ。


 スキルを使っている僅かな時間に姿を消されてしまった。


「逃げたか?」


 敵対している組織の幹部だとわかれば、逃げることはしないだろうと思っていたのだが、エトス枢機卿は予想が外れたと落胆する。


 あれだけ恨んでいても自身の安全を優先するのか。


 人としての興味は完全に喪失して、スキルを奪う対象にしか見えなくなった。


 奇襲を警戒しながらも周囲を調べる。転がっているのはラオキア教団の信者だけ。正人や仲間の姿は見当たらない。足跡すら残っていないのでスキルで逃げたのだとわかった。


「転移系が使えることは知っている。捕まえ損ねたか」


 精神的に強い疲労を感じていることもあって、エスト枢機卿は早々に調査を断念した。


 近くに置いた車へ乗り込む。戦いの影響で窓ガラスは割れていて、ドアも吹き飛んでいるがまだ動く。付いたままのキーを回せばエンジンは始動した。


 もう戦うことはないとエトス枢機卿はスキルを切ると、ブレーキを踏みながらシフトレバーをドライブに入れる。


 その瞬間、首が絞まった。


 完全に油断してたため思考が止まり、反射的に気道を確保しようとして喉に腕が伸びる。


 ――ドレイン。


 エトス枢機卿の体から生命力が抜かれ、正人は体力や魔力が回復していく。敵は何度も蘇るため、スキルを維持している限り魔力切れはお斬らないだろう。


 慌ててスキルを使おうにも、エスト枢機卿は息苦しさによって集中力が乱されてしまい、すぐには発動できない。


「油断したな」


 意識が外れた瞬間に『短距離瞬間移動』で近場に隠れてから、『隠密』によって存在感を消した正人は、機会をうかがってずっと後をつけていたのだ。エトス枢機卿は視界で確認する必要はなく、隠れながら『索敵』スキルを使えば動きはわかった。


 移動が終わってその場から動くなると目視で車に乗り込んでいることを確認し、『短距離瞬間移動』で後部座席に乗り込んで、首を絞めたのである。


「まさ……と?」

「そうだ」


 答えるとゴキッと音が鳴って首の骨が折れる。即座に『恩讐』スキルが自動で発動されてストックされた命を消費して蘇るが、即座にまたへし折られた。蘇生から意識が戻るのに数秒のタイムラグがあり、エトス枢機卿はすぐに動き出せない。正人は何度も殺し、その間に『氷結結界』を使って車内、そして腕や足まで凍結していく。これで拘束は完璧だ。


 完全に準備を整えた正人は、生き地獄を与えるスキルを使う。


 ――拷問。


 スキルによって車内に作られた氷が伸びて、エトス枢機卿の体にいくつも突き刺さる。『氷結結界』は範囲内に作った氷を自由に操作できるため、正人の魔力が尽きなければ溶けることはない。


「アガガガッッッガガガッ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げながら、痛みに逃れるように体を動かそうとするが、凍結しているため全身にヒビが入る。それでも動き続けていると腕は砕けてしまった。


 そんな状態でも正人は攻撃の手を緩めない。エトス枢機卿の首を折り、『恩讐』スキルがストックしている魂を消費していく。残機がどのぐらい残っているかわからないため、動かなくなるまで殺し続けるつもりだ。


「や゛め゛て゛……」

「断る」


 かすれた声で命乞いをしたエトス枢機卿の言葉を拒否して、首を折り続ける。三百を超える頃になると、ついに声が出なくなり反応はなくなったが、魂のストックを消費しきったわけじゃない。今も首を折れば蘇生される。


 痛みに耐えられずエスト枢機卿は意識を失ったのだ。


 再び目覚めたとき、俺の精神が正常になっているかは誰もわからない。精神障害が起こっているかもしれないが、それでも生け捕りという当初の目的は達成したのである。


 魔力で覆っても抵抗はされないため、正人は『転移』スキルでエスト枢機卿ごと渋谷の探索協会に戻ると、副会長の豪毅にラオキア教団の幹部として引き渡したのであった。

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