第80話重くないから!!
ビックタートルの姿が消えると、魔石と甲羅の一部が床に残っていた。ボスのドロップアイテムだ。甲羅は加工すると、金属より固くスキル攻撃への耐性が高くなる。一般的には防具に使われる素材であった。
「拾ってきますね」
近くにいた冷夏が取りに行こうとして数歩進む。
ボスは倒され安全は確保されている部屋だが、正人は一瞬だけ魔力の揺らぎを感じた。嫌な予感が働き直感的に選んだ『罠感知』のスキルを使うと、ドロップアイテムの手前に黄色いマーカーが浮かんでいたことに気づく。
「止まって!」
罠を発見した正人が大声で制止するが、数秒遅かった。
「えっ?」
冷夏が上げていた足を床におろすとダンジョンの罠が発動する。
パカッと床が開いて足場が消滅し、重力に従って落下してしまう。
助けを求めて冷夏は手を伸ばすとヒナタが指先をつかみ、さらに里香が腰を持って支える。
「お、重い!」
「重くないから! 絶対に重くないからッ!」
防具を着けていることもあり冷夏は成人男性より重い。指先しか握っていないこともあって、ヒナタの手から離れてしまいそうだった。ゆっくりとずれ落ちそうになっていると、正人と智樹が手をつかむ。
「タイミングをあわせて! せーのっ!」
正人のかけ声にあわせてヒナタ、智樹が力を入れて一気に引き上げた。
なんとか冷夏の上半身が床につく。全員の協力もあって落下は逃れて這い上がることができた。
全員の行動がもう少し遅れてたら冷夏はここにいなかっただろう。
「あ~。死ぬかと思いました!」
いきなり訪れた命の危機に脱力した冷夏は、仰向けになって生きていることへの有り難みを感じていた。
罠感知スキルを使って周囲の安全を確認しながら、正人は落とし穴の中を見る。底が見えないほど深かった。落ちてしまったら即死していた可能性もある。ボスを殺して隙を見せた、その瞬間を狙う質の悪い罠だった。
罠感知のスキルを持っていたのに回避できなかった理由は明白で、ボスを倒すことがトリガーとなって罠が出現したからだ。部屋に入った瞬間に罠探知スキルを使っていた正人だが、安全だと確認した場所に対してもう一度使うという発想がなかった。これが失敗へとつながる。
(罠感知のスキルは使わないと発見できない。常に使うようにしておこう)
これが探知系スキルの弱点だった。
結局の所、スキルを使う人間次第で能力は大きく変わる。覚えるだけではなく使いこなす。そういった経験も今の正人には重要であった。
◆◆◆
沖縄ダンジョンを出た正人たちは、智樹と別れてそのままホテルに戻る。
久々の探索だったこともあり全員が疲れている。外で遊ばず、部屋で思い思いの時間を過ごしていた。
正人は携帯電話を操作しながらユーリと連絡を取っている。チャットアプリから連絡が来たのだ。
『明日、沖縄に到着する。打ち合わせをしたい』
『わかりました。何時になりますか?』
『昼頃だ。そっちのホテルに行くから全員で話をしよう』
楽しい日々が終わり、本来の依頼が始まる。
探索協会が保管していたスキルカードを盗んだ犯人を捕まえるのだ。
直接犯人と相対するのはユーリたちだけ。正人はたちはサポート要員と言われているので危険はあまりないとの話だった。
『わかりました。お待ちしています』
短文で返すと携帯電話をテーブルに置く。隣にいる里香に話しかけた。
「明日の昼、ユーリさんがこっちに来るみたい」
「例のお仕事が始まるんですね」
「うん。多少の危険はあるけど探索者を続けるのであれば、この程度のリスクは受け入れられないとダメだろうと思ってる。安全な仕事ばかりじゃないからね」
「そうですね。無駄なリスクは負いたくないですけど、今回は協会にも恩が売れるので必要だと思ってます」
探索者を続ける限り常に死ぬ危険はある。それがモンスターやダンジョンが相手なのか、それとも人間が相手なのか、そういった違いはあるが危険度は大差ない。
安全な仕事をしたいのであれば別の職に就くべきなのだが、正人と里香は選べなかったからこそ探索者を続けている。
社会から必要な歯車としてダンジョンの奥で魔石を集め続けている。
この状況を変えるために正人や里香の二人は資金を集め実力をつけてきた。
今の状況は悪くはない。注目の新人として探索協会からは目をかけてもらっているのだ。ここを乗り越えていけば、いままで搾取される側だった若者だったのが、もう少しマシな立場になれる。
そういった明るい未来を作るきっかけの一つになる依頼であった。
「私が守るから、里香さんたちは後ろで見てるだけで大丈夫だよ」
「仲間なんですからそんなこと言わないで下さい。仕事は一緒に、です」
一人で無理をしてしまう正人を気づかうため、手をそっと重ねた里香が優しい笑みを浮かべていた。
「ありがとう。そうだね。一緒に頑張ろう」
正人は微笑みを返すと立ち上がる。
「明日からお仕事だし、今日は遊び倒したいと思わない?」
「思います!」
「実はずっと気になっていた室内プールがあるんだ。一緒に行こう」
「はい!」
冷夏とヒナタを部屋に残して二人はホテルのプールへと向かう。
里香は正人と一緒に選んだ水着に着替えると、動物型の浮き輪に乗りながら、流れるプールでゆっくりとした時間を楽しむ。
二人の距離感は近く誰が見ても恋人のように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます