第300話 あ、私も行きます
昨晩は夜更かしをして朝まで起きてしまった。
全員が寝不足だ。あくびをしながらマンションを出ると、探索協会が用意した車へ乗り込む。装甲車であるため座り心地は悪いが人数分の席は用意されている。荷物を後ろに詰め込んでから、正人は助手席、残りの三人は後部座席に座ると走り出した。
運転手は谷口だ。同行はするが戦闘能力は一番低いので、雑務を担当するよう指示を受けている。
モンスターが線路に侵入して破壊活動を行うことも多いため電車移動はできない。車に揺られながら高速道路を走り、青森に向かって進む。
寝不足であったため、いつの間にか里香たちは眠っている。正人も半分寝かけていて意識は曖昧だ。
音楽は流れてない。
寝息が聞こえるほど静かな閉鎖空間だ。
渋滞はなくスムーズに進んでいる。四人は無防備。大教祖から指定された条件を満たしている。
鬼人族討伐が終わってからも谷口は何度も精神支配系のスキルを使われていたが、発動条件が限定的であったため豪毅の魔力視による検査はくぐり抜けており、山田が最後に仕込んだ毒針が動き出そうとしている。
高速道路から飛び降りればレベル四の探索者でも殺せるのではないか?
少なくとも戦うより可能性は高い。
他者から植え付けられた殺意が高まっていく。
アクセルを踏み速度が150kmまで上がり、ハンドルを握る手に力が入った。
「近くに車がないからって、スピード出し過ぎじゃないですか?」
あと少しで右に曲がって高速道路から飛び降りようとした瞬間、目を覚ました正人が声をかけた。
計画は失敗だ。
仮に高速道路から飛び降りても『転移』などのスキルによって、一番殺したい相手が生き延びてしまう。
谷口はアクセルを緩めてスピードを落とす。
「すみません。気持ちよくてつい」
「わかります。天気も良いですし、真っ直ぐな道が続いてますからね」
すぐに精神支配の影響が抜けたため、正人は気づいていない。
しばらく談笑を続けると、またウトウトとする。
「正人さん?」
「はい~~」
寝ているのを確認すると寝ぼけながらも返事があった。
動くには早い。仕込みを入れなければ。
殺意を隠し車の運転を続けること二時間、休憩のためにサービスエリアへ入った。
エンジンを止めると正人は目を開ける。後ろにいる三人は熟睡したままだ。
「トイレ休憩しましょう」
「あ、私も行きます」
男二人は車から降りて駐車場を歩いて売店を見る。
モンスターが出現してから人が減り、物流も滞ったため閉店していた。
誰もいない。
トイレを済ませてから近くにある自販機を見ると、ほぼ売り切れとなっていたが、ジュース類は残っていた。
「ラッキーですね。みんなの分を買いましょうか」
率先して谷口が自販機に硬貨を入れて購入していく。ずべて炭酸のジュースだ。ブドウ味である。
種類を聞かなかったのは、他に残ってなかったからだ。
「自分もお金出しますよ?」
「このぐらい、おごります」
ペットボトルを抱えながら一本を差し出す。
「ありがとうございます」
少額であるため正人は素直に受け取った。
二人とも車に戻ってドアを開けると、音に気づいて里香が目を覚ます。
「ここは……?」
「サービスエリアだよ。もう少し休憩するから用事があるなら降りても大丈夫だから。それとこれ、谷口さんからのプレゼント」
「わぁ。ありがとうございます」
ペットボトルを受け取ると、寝ている双子を起こしてから三人でトイレに行った。
後ろ姿を見ながら正人はジュースを飲む。
シュワシュワとした柔らかい刺激が口内に広がった。乾いていた喉が潤うと細胞が必死に吸収していく。人工的な甘さも今は気にならない。ゴクゴクと飲み続けるとすぐに減ってしまった。
体が満足すると口から離して小さく息を吐く。
「良い飲みっぷりですね」
「寝ていたからか、意外と喉が渇いていたみたいです」
照れくさそうに笑いながらカップホルダーに置いた。
「まだ何時間も走るので寝てても大丈夫ですよ?」
「良いんですか」
「もちろん。その代わり、北海道に着いたら沢山働いてもらいますから」
「あはは、それは気合い入れないとですね」
実際、正人が中心となって鳥人族の調査、捕獲、尋問をやることになる。一人で何役もこなさなければいけない。
今後のことを考えれば休めるときに休むべきであり、谷口の言葉に甘えて目を閉じて眠ることにした。
すぐに車のエンジンがかかる。ラジオがつけられると洋楽が流れた。
音量はやや大きく周囲の音が聞こえにくくなる。
谷口は素早くダッシュボードを開けるとナイフの柄を握る。
フロントガラス越しからヒナタの姿が見えた。
忘れ物を取りに戻ってきたのだ。
正人には劣るが彼女もレベル四。まともに戦えば谷口は勝てない。悩んだのは一秒にも満たない僅かな時間だ。
暗殺を諦めてナイフをしまう。
「ごめんー! バッグ忘れちゃった」
ドアを開けてポーチを持つと、すぐにヒナタは車から離れていく。
また二人きりになれた。
谷口は助手席にいる正人を見る。目が合った。
いつ起きてたのか。ナイフは見られたのか。谷口の背筋に冷たいものが走る。
「目が覚めちゃったみたいで寝れませんでした」
何事もなかったかのようにスマホを取り出して、正人はニュースのチェックを始める。
気づかれずに済んだ。
そう判断した谷口は、ほっと胸をなで下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます