第299話 そっか……ありがとう

「そうだね。今までより安全に依頼はこなせると思うよ」


 ただ今回の場合、特定のモンスターを倒せば良いという簡単な話ではない。情報を得るために広い大地を動き回らなければならず、時間をかけてしまうだろう。


 比較的安全である可能性はあるが、簡単ではない。そういった類いの任務だ。





 その後も四人は北海道での行動方針をすりあわせていたら深夜になってしまった。ずっと仕事の話をしていたこともあって里香たちの集中力は切れてしまい、今はたわいのない会話に移っている。


「ねーねー。正人さんはファンクラブの中身を見たことある?」


 ヒナタに聞かれて軽くうなずいた。


 タクシーの運転手に存在を教えてもらい、豪毅すら運営者が分からない謎のクラブである。


 ファン数は増加していて、鬼人族から神津島を奪還した際に大きく数を増やしている。有料制なので運営は大きな利益を上げているはずなのだが、正人には一円も入金はなかった。


「前に軽くね。目撃情報といって、盗撮された画像が公開されたのは驚いたよ」

「あ、それ見ました! 公園のベンチでパンを食べている姿でしたよね」


 モンスター討伐が終わった直後、次の仕事が入る前に急いで食べていたときのことだ。使用感のあるアダマンタイト製のブレストプレートと、土で汚れた服と顔があいまって、強い悲壮感を覚えさせる一枚だった。


 金、力、名声まである男が、あのような姿になってまで戦い続けていることに、多くの人々は心打たれて瞬く間に拡散される。日本中で見たことがない人はいないと思われるほど有名な写真だ。


「里香さん、ファンクラフの話はやめない?」

「なんでですか」

「いや、その、ちょっと恥ずかしいので……」

「えー。良いじゃないですか。好きですよ。ワタシ」

「私も! 一人でも戦うという決意が感じられてよかったです!」


 里香と冷夏は褒めながら正人に詰め寄った。


 左右の腕を取りスマホの画面を見せる。


 そこにはファンクラブで公開されている限定動画が並んでいて、中にはモンスターと戦っている姿もある。多くは渋谷の襲撃事件防衛時のもので、誰でも撮影できるものばかりだ。


「ヒナタはこれが好き!」


 一人だけのけ者にされたと思ったのか、向き合うようにして正人の膝の上に乗った。


 顔が近い。ヒナタの唇が接触しそうだったのだが、スマホが間に割り込んで甘い空気にはならなかった。


「見てー! これ、スーパーで女性とデートしている動画なんだよね!」


 引っ越す前、マンションの同居人と買い物をしている最中の映像だった。動画は途中で終わっているが、あの後、オーガに襲われ素手で戦っている。


「恋人って噂が流れてたけど違うんだよねーー?」


 確認したかったけど、怖くて聞けなかったこと。それをヒナタが言ってしまった。


 二人は正人の腕を掴みながら見上げて返事を待っている。


 違う、と一言だけでも良いから言って欲しかったのだ。


「あー、これかぁ。前のマンションの住民だよ。偶然にも目的地が同じだったから、無料の護衛として一緒にスーパーで買い物してたんだ」

「つまらない! もっと面白い裏話ないの!?」


 ほっとする里香と冷夏とは違って、ヒナタは不満そうにしていた。


「ない、ない」

「じゃぁ昔に恋人とかいなかったの?」

「それもないね。ずっと独り身だよ」

「そうなんだ! 作らないの?」


 裏はない。ただ気になったから聞いただけ。そういった性格であるヒナタだからこそ、正人は特に何も考えずに話している。


「うーん。どうだろ? モテないからなぁー」

「お金持ってて強いんだよ。そんなことないよ! 恋人募集中って言えば、応募が殺到するよー!」

「ありえないから。私なんかを恋人にしたいと思う人なんていないって。どこにでもいる一般人とまでは言わないけど、人間としての魅力には欠けていると思うよ」

「そんなことありません!」


 黙って入られず、感情的になりながら里香が否定した。


 憧れであり、自分を救ってくれた男性が自分自身を認めていない。そのことが許せなかったのである。


「そ、そうなの?」

「はい」


 言いたいことはいっぱいある。何時間でも正人の素晴らしさを何時間でも語れるだろう。


 だが、悲しいことに語彙力が足りないため、里香はありきたりな言葉しか思い浮かばない。


 体の中に渦巻く熱い気持ちを口に出して伝えられないのだ。無力感と悔しさを感じながら、誰にも否定させないよう力強く短い返事をするしかなかった。


「そっか……ありがとう」


 自己肯定感の低い正人ではあるが、さすがに否定するべきではない。家族以外の人からも大切に思われている、敬愛の念を抱かれていると感じて嬉しくなった。


 腕に絡みついている里香と冷夏を抱き寄せる。


 感謝の気持ちが湧き上がっていた。


「そういえば、何も持ってないときから里香さんは私を信じて一緒にいてくれたね。ありがとう」


 ユニークスキルを覚える前から一緒に探索をしていた仲だ。ダンジョンのトラップに引っかかって巨大なスケルトンと死闘を繰り広げ、身を犠牲に助けようとしたこともある。


 家族とはまた違う特別な絆、特別な存在。


 それが里香に対する正人の思いであった。


「もちろん冷夏さん、ヒナタさんにも感謝しているからね。安全に探索者として活動できる選択肢もあったのに、ずっと付いてきてくれている。心強いよ」


 レベル二になった時点でパーティから抜けて、安全に活動を続けられたはずなのに、文句一つ言わずに付いてきてくれている。


 それがどんなにありがたいことか。日本がこういった状況だからこそ、正人は今の関係が尊いものだと痛感していた。

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