第298話 早い者勝ちでーす

 豪毅との打ち合わせが終わり夕方になると、正人はマンションに戻って準備を進めている。


 使い慣れたナイフ二本、ブレストアーマー、ガントレット、ブーツはもちろんのこと、保存食や水、寝袋、毛布、着替えといった野営に必要な物まで用意している。


 季節は夏を過ぎたぐらいで北海道とはいえ雪が降るのはもう少し先だが、夜は肌寒い。外で寝るようなことがあれば防寒着は必須だろう。暖かい服もリュックに詰め込んでいく。


 ダンジョン探索でも似たような準備は何度もしているので手慣れたものだ。一時間もあれば用意は終わってしまう。


 それは里香たちも同じで、荷物の準備が終わって時間が余った。寝るには少し早い時間だ。


 鳥人族の調査は一日、二日では終わらない。しばらくはゆっくりとした生活は望めないだろう。だからだろうか、自然と正人の部屋に集合して出発前のお泊まり会を開催することにした。


◇ ◇ ◇


「かんぱーい!」


 ヒナタが缶ジュースを口に付けるとゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。


 ぷはーっと息を吐き、テーブルに置く。


「ヒナター。ちょっとはしたないんじゃない?」

「私たちだけなんだから、いいじゃんー!」

「まぁ、そうなんだけど……」


 パーティとして長く活動したこともあって、四人はお互いの事をよく知っている。今さらちょっと、だらしない飲み方をしたぐらいじゃ驚かない。


 らしいなと感じるぐらいだ。


「そだよ。しばらくはゆっくりできないんだから、今日は何でもありでいいんじゃない?」


 里香が機嫌良さそうに言った。


 二人に反対されて冷夏は助けを求めるように正人を見る。


「私は気にしないから気楽に行こうよ」

「……わかりました」


 ここまで言われたら気持ちを切り替えるしかない。冷夏も遠慮なんてせず、テーブルに広がっているポテチやポッキーといった犯しに手をつけて食べていく。


「お姉ちゃん! それヒナタが狙ってたのに!」

「早い者勝ちでーす」

「もうほとんどてにはいらないんだよ!? ゆっくり食べようよー!」

「私は口いっぱいいれたいの!」


 じゃれ合いながらら冷夏はポテチを数枚口に入れる。リスのように頬が膨らんだ。


 塩味を楽しみながら噛んでいく。


 こういった楽しみも今の日本では難しくなり、久々の贅沢を楽しんでいた。


「明日は飛行機で北海道まで行くんですか?」


 双子の姿を見ながら里香は今後の予定を、隣に座っている正人へ確認した。


「鳥人族の領域は空だから、ちょっと難しそうなんだ。海も同じで襲撃を受ける可能性がある」

「逃げ場がありませんからね」

「うん。だから今回は青函トンネルを使って北海道入りするつもり」


 青森県と北海道を結ぶ全長約53.9kmもあるトンネルだ。地下空間であれば羽の能力を制限できるため、仮に襲撃を受けても戦いやすい。


 北海道へ上陸するのに最も安全なルートと言えるだろう。


「ながーいトンネルだよねー。電車での移動になるのかな?」

「モンスターによって線路が破壊されて、今は運行停止になっているんだよ。だから今回は特別に車での移動が許可されている」

「なるほどー!」


 移動手段が分かったヒナタは、小さなチョコレートをつまむと口に放り込んだ。久々に摂取している糖分が幸せを運んでくれる。


「里香ちゃん、北海道に入った後はどうする?」

「今回の目的は鳥人族の調査だから……何人か捕獲した方が良いかもね。でも言葉が通じないから、レイアさんみたいな巫女を見つけないとダメかな?」


 お菓子を食べながら冷夏と里香が順番に疑問をぶつけ合っている。


 今回は鳥人族が北海道を襲っている理由の調査だ。言葉が通じる相手の発見は重要な要素であるが、既にこの問題は解決している。


「私が通訳するから大丈夫だよ」

「え、でも正人さんは文字が読めて、聞けるだけですよね?」


 新しく覚えたスキルはすべて仲間に報告している。


 驚いた里香が指摘したとおり、今までは異世界の文字を書き、話す部分はスキルの補助がなかった。


「実は鳥人族の問題が起こる少し前に、レイアさんと異世界に行って多言語理解のスキルを覚えたんだ。適当な鳥人族を捕まえることができれば、情報は手に入るよ」


 日本を守るためダンジョンに入れない正人は、時折レイアを連れて神津島からゲートを上げて異世界に行っていた。


 地上だとスキル昇華は動かないが、異世界であれば別だ。発動条件を満たしているため、レイアと数回、異世界言語の会話をするだけでスキルを覚えたのだ。さらに地面で文字を書く練習をして書く能力まで手に入れると、スキルが統合されて『多言語理解』となった。


 これにより正人だけは、言語を使うすべての種族とコミュニケーションができるようになる。


 異世界の情報収集をするうえで大きく役に立つだろう。


「すごーい! これなら依頼もすぐに終わりそうだねーっ!」

「こら、ヒナタ! 甘く見たら痛い目に合うよ! 鬼人族の時を忘れたの? 異世界人ってすっごく強いんだから」

「そうだけどー。正人さんが居るなら何とかなるんじゃない? それにお姉ちゃんや私たちもレベルアップしたし。この前よりかは安全だと思うよー」


 付け加えるのであれば、鬼人族は戦闘に特化した種族であるため非常に強かったが、鳥人族は上空でスキルを放てる以外に突出した能力はあまりない。


 前回ほど苦戦しない、という予想は単体の戦闘能力だけを見れば、あながち間違いではなかった。

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