第271話 オモシロイ!

 島の中心に向かって走っている里香たちの横をボゥドは駆け抜けた。


 爆発に似た大きな音がする。


 思わず里香は振り返り、地面に倒れている正人を見てしまった。思わず立ち止まってしまう。


 一人では勝てないかもしれない。援護をしようとして片手剣を構えようとしたが、倒れた彼と目が合い、先に行けというメッセージを受け取る。


 すぐには判断できずに動けない。


「里香ちゃん! 行かないと!」


 冷夏が肩を掴んで強引に視線を正人から外した。


 鬼族は目の前のボゥドだけじゃない。他にもいるのだ。別行動するのが最善策であるのは誰が見ても明白。


 里香は一緒に戦ってボゥドを倒したいという気持ちを押し込めて、再び島の奥に向かって走り出した。


 ――自己回復。


 破壊された内臓を治しながら正人は立ち上がる。


「ツギハ、オマエノバンダ」


 腕を組んでいたボゥドが楽しそうに言った。


 殺し合いではなく、まるでスポーツを楽しんでいるような雰囲気である。


 その余裕は絶対に勝てるという自信からくるのか、それとも島の奥にはさらに強い鬼族がいるから他に気をつかわないのか……正人は考えても答えは出ない。


 やることは一つだけ。


 早く目の前の敵を倒して、一秒でも早く里香たちと合流することである。


 ――短距離瞬間移動。


 ボゥドの背後に回る。ナイフはしまわれていて素手だ。


「クダラン」


 さきほど使った『縮地』によって、瞬間移動系のスキルを持っていると気づいている。


 姿が消えれば後ろに回ると思っていたのだ。


 予想通りの動きをされてしまい、ボゥドは失望感を覚えながらも金棒を横に振るって正人に当てようとする。


 ――障壁。


 薄い膜が出現して攻撃を防いだ。


 予想を超える動きをしてボゥドは歯をむき出しにして喜ぶ。


 次は何をしてくれるのか?


 自分を追い詰めた人間、辰巳よりも強いのか?


 楽しみが増えて仕方がない。


 ――氷結結界。


 道明寺隼人が使っていたスキルだ。両腕が青く光り周囲の気温が下がる。


 正人は無防備なボゥドの脇腹を殴ったが耐えられてしまう。しかし接触部分の細胞が壊死して皮膚が黒くなった。


 さらに地面から氷の槍が出現して足や腹、腕などに向かって伸びていく。


「オモシロイ!」


 氷の槍が当たる前にボゥドは後ろに飛んで回避した。


 ようやく立っていた場所から動かせた。


 命を脅かす攻撃が出来たのだ。


 手応えを感じた正人は『氷結結界』を使い続ける。


 周囲の気温をさらに下げながら、周囲に氷の塊を浮かべて放つ。


 金棒を振り回すボゥドにすべて叩き落とされてしまったが、それでいい。計画通りだ。


 ――毒霧。


 アイアンアントクイーンが使っていた人体を融解する効果のある霧を圧縮し、凍らせた。


 他の氷塊に紛らわせて放つと、ボゥドは金棒で叩いて砕いてしまう。


 紫色の霧が周囲に拡散される。


 強靱な肉体をもつ鬼族といえども無事では済まない。


 皮膚は溶けて筋肉がむき出しになり、空気が触れるだけで激しい痛みを感じてしまう。


「ォォォォオオオオッッ!!」


 人間であれば立っていることさえ困難な状態なのは間違いないが、恐るべき精神力によって雄叫びを上げるだけで終わる。


 次は自分の番だと言いたそうな鋭い目をして正人を睨んだ。


 ――自己回復。

 ――棍棒術。

 ――怪力。


 焼けただれた皮膚を治しながら基礎能力を向上させるとボゥドは走り出す。


 一歩踏み出すとコンクリートの地面が陥没するほど力強い。


 先ほどよりも動きがよいと気づいた正人は、継続使用している『身体能力強化』『短剣術』『怪力』『障壁』『氷結結界』に加えて、新しくスキル発動させる。


 ――格闘術。

 ――高速思考。


 合計で八個ものスキルを同時起動していることもあって、体には大きな負荷がかかっている。『身体能力強化』とレベルアップの恩恵によって普通の人間よりも頑強にはなっているが、それでも限界はある。


 特に『高速思考』は脳を酷使するため、長く使い続けていれば自滅してしまうだろう。


 超人的な身体能力を発揮するボゥドの進みが遅くなったように感じる。


 距離が二メートルを切ると金棒を振り上げてきた。


 カウンターの一撃として地面から氷の柱を伸ばし、敵の顎に当てる。


 強固な皮膚や筋肉、骨に守られていても脳までは鍛えられない。


 急激な縦揺れに耐えきれず、ボゥドは膝と手をついてしまった。


 冷え切ったコンクリートが皮膚には張り付く。すぐに皮膚ごと引き剥がしたが、数瞬動きが遅れてしまう。


 ――投擲術:魔力爆発。


 投げられたナイフがボゥドの腹に当たると爆発した。範囲は『ファイヤーボール』よりも狭いが、威力は上回っている。


 爆発によって腹が半分ほどえぐりとられたボゥドが立っていた。


「イイゾ。オレハ、コレヲマッテイタッ!!」


 両手を挙げて喜びの雄叫びを上げながら、皮膚が真っ赤になる。『鬼人』スキルを使ったのだ。


 レベル換算で二ほど上昇し、身体能力が大きく向上した。『高速思考』を使っていても目で追うのがやっとの速度である。


『鬼人』の効果時間は数分だ。正人の限界も近い今、お互いに短期で決着を付けようと考えていた。

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