第270話 無事でいてくださいね

 ボートをゆっくりと止めている時間は無い。スピードを落とさないまま桟橋に近づくと、正人のパーティは跳躍して上陸した。少し遅れて同乗している探索者の六名も後に続いたが、着地場所を誤ってしまい海に落ちてしまう。


「助けて!」


 服が水分を吸い取って重くなり、武器を手放しても浮かぶのは難しい。レベルアップのおかげで身体能力は上がっているため溺れ死ぬことはないだろうが、上陸するのに時間はかかるだろう。少なくとも近づいてきている鬼族との戦いには間に合わない。


「私が勢いを止める!」


 正人が宣言すると周囲に数百もの光の矢は浮かんだが、向かってきている鬼族の集団は恐れない。むしろ戦意が高まっているようで雄叫びを上げながら走り続ける。


 小細工は抜きだ。真っ正面からのぶつかり合いを求めている。潔いといえば聞こえはいいが、下っ端の鬼族は頭を使えないだけである。


「ウォォォォ!!」


 地響きのような雄叫びが近づいてきた。十分に引き寄せた正人は、待機させていた『エネルギーボルト』を数十本単位で次々と放つ。


 鬼族の硬い肌を貫き、筋肉を貫通して内臓まで到達するが、倒れることはない。致命傷は与えられなかった。


 動きが多少遅くなっただけで、方針を変えることなく正人へ向かって走っている。


「あれで倒れないの!?」


 驚愕の声を上げたのはヒナタだ。冷夏は薙刀、里香は片手剣を構えて迎え撃つ準備をしている。


 目測での距離は五十メートルを切った。


 血を流しながらも鬼族は近づいてくる。このままでは数に飲み込まれて潰されてしまうかもしれない。


 ――ファイヤーボール。


 今度は数ではなく威力を優先した。巨大な火の玉が正人の頭上に浮かぶ。


 正人が膨大な魔力を注ぎ込んだこともあって、周囲の気温が上がるほどの高温である。


「ごめね」


 これから起こる悲劇を想像してしまい、決着がついてないのにも関わらず謝罪の言葉を呟いてから火球を放った。


 先頭を走る鬼族の頭上を越えて集団の中心に落下すると火球が爆発した。


 爆風が里香たちのところにも届くが、拡大した『自動浮遊盾』によって防いだ。


 上陸しようとしていた探索者たちは、熱風によって海に落ちてしまった。溺れそうになりながらも、近くに止めてあるボートにしがみつく。戦線に復帰するのには時間がかかるだろう。


 味方まで巻き込むほどの威力であり、爆心地は何も残っていない。近くにいた生物は消し炭になっているが、彼らは痛みを感じずに死ねたので幸せだっただろう。離れた場所にいた鬼たちは体の一部が吹き飛び、肌は焼けただれている。


 強靭な肉体をもってしても正人の放った『ファイヤーボール』に耐えきれなかったのだ。


「コレホドノキョウシャガイルトハナ」


 鬼族の死体の下から、緑の肌に筋肉質な体を持つ鬼が立ち上がった。この個体だけ、仲間を盾にして爆発から逃れたのだ。


 頭部には左右に二本の角があり、全身は黒いプレートアーマーを着ている。手には長い金棒が握られていた。


 首輪、片耳にイヤリングをつけているが、普通の装飾品ではない。現地の言葉を翻訳する魔道具で、別世界の生物とも意思疎通できる機能があるのだ。


 テレビに映っていた鬼族のレイアは流暢な日本語を話していたが、目の前にいる鬼は魔道具に頼っているため言葉は訛っていた。


「シブトイダケノヤツヨリ、ハゴタエガアリソウダ」


 この鬼はユーリが遭遇して辰巳と戦った個体である。


 鬼族の中でトップの実力を持つ猛者だ。


「オレト、タタカエ」


 正人をまっすぐ見ながら指をさした。


 種族は違えど闘争心むき出しの笑みから、目の間にいる鬼が戦いを好んでいることがわかる。


「いいだろう。受けて立つ」


 正人が挑戦を受けて前に出た。里香が止めようと手を伸ばしたので振り返る。


「あの鬼を足止めしている間に島の奥に行って」


 先ほどの攻撃で生き残りの鬼族は一体だけだ。正人との戦いが始まれば、他の探索者たちは労せず奥に行けるだろう。


 避けられる戦いは避けるべきだ。それが正人の出した結論である。


「わかりました。無事でいてくださいね」


「そっちこそ」


 里香が後ろに下がったので、手を軽く振ってからナイフを二本両手に持つ。


 正人は真っ直ぐ前を見ながら、ゆっくり歩いていると鬼族が名乗る。


「オレノナハ、ボゥド」


「私は正人だ」


 足を止めずに進み、ボゥドとの距離が二メートルを切ったとき、金棒が振り下ろされる。この瞬間を待っていた正人はスキルを使う。


 ――縮地。


 ヒナタのスキルを見て覚えた正人は、姿を消すとボゥドの懐に入ってた。超接近距離だ。殴ることすら難しい。ナイフを逆手に持つとさらに複数のスキルを発動させる。


 ――怪力。

 ――身体能力強化。

 ――短剣術。


 接近戦で最も威力の高い攻撃方法だ。確実に仕留められる自信が正人にあったのだが、二本のナイフは左右の脇腹の皮膚を通過して刀身を三分の一ほど進めたところで、筋肉によって止められてしまった。


「ツギハ、オレノバン」


 鬼の膝が正人の胸に直撃して、数メートル吹き飛ばされてしまった。

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