第57話最後の秘密を教えてあげるね
「思ってたより時間は稼げたみたいだね……」
誰もいなくなった岩場から正人が顔を出した。
ファイアーボールが当たる瞬間、短距離瞬間移動のスキルを使って逃げたのだ。さらに隠れていることを気づかれないように、残った僅かな魔力を使って隠密スキルまで使用していたので、襲撃犯は「正人を殺した」と思い込んでいた。
エナジーボルトのケガは、自己回復のスキルを使って治療済み。ズボンに穴が空いたぐらいの被害しかない。
いくつものスキルを覚えて、使いこなせる正人だからこそできる、格上からの脱出方法だった。
「遠距離系のスキルを持っていてくれて助かったよ」
正人は最初から短距離瞬間移動を使って逃げようと考えていた。
だが、普通に戦っていては逃げ出せる隙など作れない。仮にスキルを使って逃げ出したとしても、死んだと思われなければ探されてしまうだろう。そうなったら、レベルが劣る正人は逃げきれない。
あの場面は「死んだと思わせて隠れる」ことでしか生き残れなかった。そのために同時に三つのスキルを使い、レベル三相当の実力があると示し、接近戦を継続するのはリスクが大きいと襲撃犯に思わせたのだ。
非常に運の要素が強く、囲まれて襲われた段階で死ぬ確率の方が高かったのは間違いない。運と実力、この二つがかみ合って生き残る道をつかみ取ったのだ。
「さてと……」
すぐにでも追いかけたいところだが、スキルを使いすぎて魔力はほとんど残っていない。少しでも早く回復するために瞑想をする。
襲撃犯は死体を隠していたため、里香たちが逃走する時間は稼げている。
足跡を調べて追跡しているのであれば、拠点につく前に追いつくことは不可能だ。ギリギリだが……猶予はある。
正人はそう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせるのだった。
◆◆◆
「正人さん、大丈夫かな……」
ヒナタが悲しそうな顔をしてつぶやいた。
洞窟の拠点の中、重苦しい空気が漂っている。
トオルを倒したことで襲撃犯の強さは分かっている。ヒナタだけではなく冷夏すら、正人が一人で勝てるイメージがわいていなかった。
「正人さんは、絶対に生きています。約束しましたから」
唯一、里香だけが正人が戻ってくることを信じていた。
盲信といっても良いだろう。
里香は洞窟の入り口に座っていると、じっと外を見ている。
自分を救ってくれたヒーローが、襲撃者ごときに倒されるなんて思いもしていない。そんなことが、あってはいけないのだ。必ず私の元に戻ってくれる。その想いがあるからこそ、決して折れることはない。
だが、双子の姉妹は違うことも頭では理解していた。
普通は根拠がなければ信じることは出来ない。何もしなければ戦意は喪失したまま。襲撃犯が現れた時に戦えるとは思っていなかった。
里香は正人のスキルを伝えて、二人が生き残れると思える希望を作り出すことに決める。今までも色々と教えてはいたが、最後の一線を越えることにしたのだ。
後で怒られるかもしれないが、それも生きてこそ。
この場を切り抜けるためには必要なことだと決断した。
「特殊なスキルを持っているのは、アイツだけじゃない。正人さんもだよ」
「え!?」
「そうなの!!」
二人の暗くなった心に希望の光がさしこみ、表情が劇的に変化した。
里香は話して良かったと感じる。
「正人さんは、特定の条件をクリアするとスキルを覚えるスキルを持っている。それを使って何個もスキルを覚えたよ。普通の探索者とは比較にならないほど沢山のスキルが使えるから、死体操作しか能のない探索者にやられるわけないよ」
スキルを覚えるスキル。
詳細を言わなくても伝わる非現実的な話に、冷夏とヒナタの表情は明るいものに変わっていた。
「そんなに、凄いスキルを持っているの!!」
ヒナタが飛びつきそうな勢いで質問をした。
里香はここでさらにインパクトを与えるために有名人と比較することにする。
「うん。あの隼人さんより、あると思うよ」
「あの、隼人さんより!? 日本でトップの探索者だよ!! 姉さん、すごいね!!」
「う、うん。信じられない話だけど……でも、里香さんが嘘を言うはずもないし……」
戸惑う二人を安心させるように目を見て、笑顔で語りかける。
「だから安心して。レベルや人数差なんて絶対に覆してくれるから。正人さんは絶対に生きている。もし襲撃犯が先に来たとしても、絶対に助けてくれるから信じて大丈夫だよ」
一つでもレベル差があれば勝つことは難しい。だが、不可能ではないのだ。
有用なスキルを持っている場合は覆せることはある。これは一般の探索者でも知っている事実であり、現に正人は複数のスキルを同時に使って、三人の一斉攻撃を文字通り切り抜けた。
「そこまで言うなら信じるよ」
「なら、準備しないと! いつ襲われるか分からないんだから!」
里香の言葉を信じた二人にようやく笑顔が戻る。絶望のなかに希望を見出したのだ。
ずっと放置したままだった装備を手に取ると、ようやく点検を始める。
三人の気持ちが一つになった瞬間だった。
「他の探索者が来てくれて、助けてくれないかなぁ」
気持ちが落ち着けば、雑談の一つでもしたくなる。
ヒナタは淡い希望を姉の冷夏に言った。
「そうなると良いけど……すぐには難しいかな。偶然通りかかった探索者か、騒ぎを聞きつけて助けようとしてくれる奇特な人がいれば別だけど、いるのかな……?」
運よくこの拠点に訪れた探索者がいたとして助けを求めても、「殺人犯から助けてくれ」といって協力してくれる人はいないだろう。
世間の目がないからこそ、命がかかった状況であれば自分本位で動きやすい。助けるより別の拠点に逃げる選択をする可能性は高い。
命知らずの探索者もいることはいるが、もし出会えるとしたらもっと下の階層だろう。六階層という中途半端な場所で、運命の出会いなどありえない。
「そんな都合のいい出会いはないよ。だからこそ、今できることをして正人さんと早く合流しないとね」
「そうだね!」
里香は二人の会話を聞きながら周囲の警戒を続ける。
しばらくは平和な時間が続いていたが、遠くから人が近寄ってくることに気づく。
「誰かくる! 人数は二人!」
警戒心をあらわにした声が聞こえて、冷夏とヒナタに緊張が走る。
それぞれ武器を手に持ち、里香の後ろに立つ。
「人数は違うけど、装備が一緒だから間違いなさそう」
「一人減ったのは正人さんが倒したから?」
里香の報告に冷夏が反応した。
無邪気に肯定したい気持ちになったが、里香は冷静に判断しなければならないと言い聞かせて、別の可能性も提示する。
「それか、別のところで待ち伏せをしているか……」
「そう、ですね……」
正人より先に襲撃犯が来たことについては誰も指摘はしなかった。
彼なら大丈夫だと、三人が信じているからだ。
「相手はレベル三がいるパーティーだし、この距離からは逃げきれない。時間を稼ぐだけ稼いで、最後は戦う。それでいい?」
「ヒナタはそれでいいよ!」
「同じく。その判断が正しいと思う」
顔を合わせてお互いの覚悟を確認しあうと、逃げ道のない洞窟から三人が一斉に出る。襲撃犯と対峙するのだった。
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