第89話わぉ。大胆~!

 沖縄ダンジョンの入り口に立つと、正人はユーリに話しかける。


「私は索敵スキルと罠感知スキルが使えます。先頭は任せてもらえませんか?」


 沖縄ダンジョンは罠が多いこともあり、周囲の状況を把握できるスキルの有用性は非常に高い。ユーリにとって魅力的な提案だった。


「ほう。罠感知なんて珍しいスキル持ってるんだな。俺も欲しいから、どこで手に入れたか教えてくれないか?」


 ベテランの探索者であるユーリであれば、探索や罠感知といったスキルカードの入手方法など既に知っている。あえて聞いたのは、正人が特別な方法でスキルを覚えていると勘づいているからだ。


 正人は探索者を始めたばかりだとは思えないほど、覚えているスキルは多い。ユーリが把握しているだけでも短剣術、索敵、短距離瞬間移動、隠密、そして罠感知だ。


 資産家であっても手に入らないスキルすら覚えており、一般的ではない方法でスキルを手に入れたと考えても不思議ではない。


「もう失敗は出来ません。今は犯人を追うことに集中しませんか?」


 無駄な会話をするつもりはない。お前の失敗の尻拭いをしているんだから仕事に集中しろ。


 そんな意味を込めた言葉を発した正人に、ユーリは頬をかきながら返事をする。


「痛いところ突くな」


 探索者のマナー違反をしている自覚、さらには冷たい目で見つめてくる里香の迫力に負けて、この場での追求を諦めた。


「それじゃ、先頭は正人たちに任せよう。俺と川戸は後ろを守る」

「私は~?」

「好きにしろ。だが、死にたくなければ俺から離れるなよ」

「わぉ。大胆~!」


 どうせ指示などまともに聞かないだろうと、ユーリが言った適当な言葉に照れた様子を見せる美都だが、もちろん、本当に恥ずかしがっている訳ではない。からかっているだけだ。周囲もそれが分かっているので、誰も突っ込むことはなしなかった。


「正人、行ってくれ」

「は、はい」


 先頭は両手にナイフを持った正人、その後ろを守るように里香が歩き、冷夏、ヒナタが続く。さらにユーリと川戸も進んでいく。


「誰も構ってくれないの~?」


 残念そうな声を上げた美都は、小走りしてユーリの腕に絡む。


 文句を言おうとしたが行動とは真逆の死んだような魚の目をした彼女に、ユーリは口を閉ざす。沖縄ダンジョンの中に入るまで自由にさせるのだった。 


◇◇◇


 罠探知、索敵のスキルを使いながら、沖縄ダンジョンの奥へと進んでいく。脳内に浮かぶマーカーは赤ばかりだ。


 モンスターとの遭遇は避けつつ発見したトラップはスキルを使って解除してから先に進むが、逃げ込んだ犯人は見つからない。


「一層にはいないか」


 ダンジョンの一層では大量の探索者を使って探せばすぐに見つかってしまう。

 実際、正人たちが入った後から探索者のグループが続々と入っているので、犯人たちの懸念は当たっていた。


 一息つくには一層ではなくもっと奥に行く必要があるのだが、行きすぎてしまえばモンスターは強力になり、また脱出に時間がかかってしまう。食糧も不足するだろう。


 フェリーが出発するまでに間に合う時間を考慮すると場所は絞り込まれる。

 地図を見ながら、ユーリは犯人が行きそうな場所を推測していく。


「四層にいる可能性が高いな。そこに行くぞ」


 ユーリのつぶやきに全員の視線が集まり、正人が代表して質問をする。


「二層、三層は探索しないんですか?」

「浅い階層は俺たちの後に入ってくる探索者に任せる。俺たちは奥の方を優先して確認するぞ」


 他の探索者の力が借りられるのであれば、ユーリの案は悪くない。

 この場にいる全員から異論は出なかった。


「わかりました」


 正人が前を向いて歩き出すと、トラップやモンスターを避けながら、二層、三層を通り抜けていく。順調に進んでいた一行だったが、四層でモンスターと遭遇してしまった。


 場所は細い通路で、最後尾にいる川戸の後ろには左右に分かれている通路がある。

 目の前にはカニの魔物が三匹。その奥には小部屋があり、正人の脳内には青いマーカーが一つあった。


 数はあわないので犯人でない可能性もある。だが、青いマーカーがあるのに無視するわけにはいかない。ユーリたちには青いマーカーの存在は伝えており、モンスターを倒して奥に進むと決まっていた。


「ワタシたちが行きます」


 里香が正人に言うと、冷夏、ヒナタも続く。


「私も戦えます」

「ヒナタも~!」


 今回の仕事で活躍できていない三人の戦意は高い。

 独断で決めるわけにはいかず、正人はユーリを見た。


「お嬢ちゃんたちに任せた。もし、ヤバイと思ったら俺と川戸が助ける。正人は奥にいるヤツが動き出さないか確認してくれ」


 許可は取れ、作戦は決まると、三人は飛び出す。先頭は冷夏だった。


 ――怪力。


 スキルを使用して薙刀を上から下に振り下ろす。カニのモンスターは、ハサミの腕で防ごうとするが、バリバリと音を立てて腕を切断。体の半分まで叩き斬った。


「カワイイ顔してエグイ戦い方するな」


 楽しそうにユーリが言った。


 レイピアで関節を突き刺すヒナタや片手剣を器用に使ってカウンターメインで戦う里香より、一撃に全てを賭ける様な戦い方はユーリの好みだった。


 脳筋といっては可哀想だが、細かい戦術を圧倒的な腕力でねじ伏せる姿は男のロマンと言えるかもしれない。レベルアップ時に覚えたスキルは冷夏の性格とマッチし、彼女の実力を大きく底上げしていた。


「皆、強くなっている」


 危なげなく戦う三人を見て正人は嬉しくなった。


 オーガと戦った時より大きく成長し、今では背中を預けられるほど頼りになる仲間になったのだ。もう一人で頑張らなくても良いと、心の荷が下りたように感じていた。


 里香が戦っていたカニは両腕を斬り飛ばされてから体を貫かれ、霧になって消える。残りはヒナタが戦っているカニだが、足の関節が全て破壊されて動けなくなっていた。もうすぐで倒せる。そんなタイミングで青いマーカーが動き出した。


 こちらに向かって、ゆっくりとだが近づいている。


「動きがありました!」


 緊張した正人の声に、ユーリたちは一斉に通路の奥を見る。


 その先には、ゆっくりと歩く目つきの悪いショートカットの女性――アイリスの姿があった。

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