第231話 誰だよ。ここに避難しようと言ったヤツは

 蛇神が『異界化』のスキルを発動させた直後、地下駐車場にいる冷夏たちにも異変は感じ取れていた。


 ダンジョンと同様に、空気に濃密な魔力が漂っている。スマホの電波も急に途絶えてしまい地上の戦いがどうなったのかわからない。


 間違いなく異常事態だ。


「地下に逃げて正解だったのか? 本当はビルの外にいた方が安全だったのでは?」

「私たち死んじゃうの?」

「誰だよ。ここに避難しようと言ったヤツは」


 一緒に地下駐車場まで移動してきた人々の視線が冷夏たちに突き刺さる。


 決して言葉にはしないが、避難を誘導したお前たちが責任を取って守れ。そういった身勝手な感情が伝わり、緊張感が高まっている。


 ヒナタ、そして特に冷夏は責任感が強いため、判断を間違えてしまったのではないかと反省しそうになり――。


「だせぇなぁ! 文句があるなら直接言ってこいよッ!!」


 烈火の声で我に返った。


「お前か? 外に出た方が安全だと言ったのは?」


 近くにいる三十代の男性の胸ぐらを掴んだ烈火は、体を持ち上げながら睨みつける。


 腕を掴んで抵抗しようとするが、探索者として鍛えてきた彼とは力の差が歴然だ。勝てるはずがない。


 呼吸がままならず、次第に文句を言っていた男性の顔色が悪くなる。


「あの時、外に出たところで蛇神に見られて錯乱していただろうよ」


 ぱっと手を離すと掴まれていた男性が尻から落ちた。


「ガハッ、ガハッ」


 背中を丸めながら新鮮な空気を求めて咳き込んでいる。


 突然発生した暴力行為に避難した人たちは恐怖を覚える。烈火を止めてくれそうな冷夏やヒナタ、春を見るが、誰も動かない。


 烈火の怒りは収まらない。


「外に出たいヤツは勝手に行けよッ! 俺たちは止めないし、襲われても助けねぇ!」

「そ、そんな無責任だ! 探索者は俺たちを守る責任があるぞ!」

「ねぇよ。そんなもん」

「え……?」

「俺たちはダンジョンを探索するのが仕事で、市民を守るのは警察や自衛隊の仕事だ。地上に出たモンスター退治は個人の判断に委ねられている。そが、どういうことか分かっている?」


 あの烈火が饒舌に話しているだけじゃなく、知能が少し上がっていると、兄の春は感動すらしていた。


「俺たちは民間企業で働く一般人で、おめーらと変わらない立場なんだよッ! ムカついたら見捨てても問題はねぇ!」


 実際に見捨てたらSNSで叩かれてしまうだろうが、救出困難な状況で己の生命を優先しても問題にはならない。


 探索者といえどもモンスターと戦う資格を持った一般人であるのだから。


「無責任だ!」

「うるせぇ!」


 空気をビリビリと振動させるほどの大声で、抗議した人を黙らせた。


「少し落ち着け」


 春が烈火の肩に手を置いた。冷夏たちを非難した人々へ振るう鞭はもう良いだろう。あとは少しだけ飴を与えれば素直になる。


 そう考えての行動だったのだが……。


「何か入ってきたっ!」


 ヒナタが異変を察知したことで春の計画は変更を余儀なくされる。


 ナーガが地下駐車場に侵入してきたのだ。


「助けてぇぇ!!」


 冷夏たちを盾にするためなのか、避難した人々は後ろに下がった。


 先ほどまで非難するような空気は一変して、神に縋るような目をしている。


「はぁ……」


 言いたいことをため息として吐き出すと、冷夏は近くに積み重ねられていた鉄パイプを持つ。


 工事をしていたため置かれていたものだ。


「お姉ちゃん、戦うの?」

「仕方なくね」

「だったらヒナタも協力する!」


 姉に続いてヒナタまでも鉄パイプを持った。普段使っている武器とは異なるため本領は発揮できない。


 二人で勝てるだろうか。


 自然とそんなことを冷夏は考えてしまった。


「僕が援護する」


 春がスキルを使って光の矢を周囲に浮かべている。


 一方の烈火は鉄パイプを両手に持って、一緒に戦う姿勢を見せいていた。


「攻撃したら狙われるかもしれないよ?」

「友達に全てを任せて逃げるほど、俺は弱くねぇ」

「烈火に同意かな。女性の後ろで怯えているような男にはなりたくないよ」


 今まで冷夏は二人も守る対象だと思っていた。実際、彼らの能力を考えれば当然であろう。


 だがここに来て認識が少し変わる。


 正人のように絶対的な信頼感があるわけではないが、どんな事態でも見捨てることなく一緒に戦ってくれる仲間だと思えたのだ。


 兄弟だから性格が似るのだろうか?


 それとも正人が教育した成果だろうか?


 いや、今はそんなことを考えている余裕はない。この場で戦力が増えたことだけを喜べば良いのだ。


「春さんは遠距離からガンガンスキルを放って! 近づいたら私たちが戦うっ!」


 冷夏の許可が下りるとすぐさま春はスキルをナーガにぶつけた。


 光の矢が鱗を貫く。


 ダメージは与えられた。スキル攻撃は有効だ。


 春はさらに『エネルギーボルト』を放つが、ナーガの口が大きく開き、液体が飛ぶと光の矢をかき消してしまった。


「なにあれ? 毒? それともスキル無効化の液体?」


 未知の攻撃に驚きながらも、冷夏は『ファイヤーボール』のスキルを発動させた。


 わからないなら、わかるまで観察すればいい。


 頭上に浮かんでいる二つの火球を放つと、ナーガが何をするのか、冷夏は様子をうかがうことにした。

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