第232話 時間稼ぐから、でっかい攻撃お願い!

 火球が近づくと、ナーガは蛇の体をバネのように使って跳躍し、天井に張り巡らされているパイプを手に持った。


 今度は口から液体を吐き出さず、避けたのである。


 全ての遠距離系スキルを無効化できるほど便利な能力ではない。冷夏はそう判断した。


 ナーガが口を開いて、また液体を吐き出そうとしている。狙いは避難した人たちだ。


 冷夏がまた『ファイヤーボール』で攻撃を中断させようとしたが、先に烈火が動いた。


 ――怪力。


 スキルを発動させてから、持っている鉄パイプを投擲したのだ。


 高速で進む鉄パイプはナーガの頭に向かう。


 避けることもできることもできるが、鉄の棒であれば自身が吐き出す液体でも迎撃は可能だ。ナーガは当初の予定通りに黒い液体を吐き出すと、鉄パイプを溶かしながら冷夏たちへ向かう。


 ――ファイヤーボール。


 追加で放たれた火球とぶつかり、蒸発した。


 さらにもう一度『ファイヤーボール』が放たれたため、ナーガは天井にあるパイプから手を離して地上に下りる。


 天井に火球が当たった。


 爆発音とともに天井からコンクリートの欠片が落ちてくる。


 落下物の間を縫うようにして、ヒナタが走り出していた。手には何も持っていない。


『お姉ちゃん! 時間稼ぐから、でっかい攻撃お願い!』

『でっかいって……』


 脳内にヒナタの声がして冷夏は戸惑ったが、周囲を見回して良い道具を見つけた。


『任せて! 攻撃する直前に声をかける!』

『はーい!』


 元気よく返事をしたヒナタは、ナーガの目の前まで来ていた。攻撃される前にスキルを使う。


 ――縮地。


 約一メートルの範囲ではあるが瞬間移動できるスキルだ。


 ヒナタはナーガの背後に回ると跳躍して踵を脳天に当てた。


 不意を衝かれてまともに受けてしまう。普通の人間であれば頭蓋骨が割れるか、耐えきれず首の骨が折れるほどの衝撃を受けたはずなのだが、強靭な肉体を持つナーガは軽く目眩がした程度である。


 ナーガは腕を上げてヒナタの足を掴もうとした。


 ――縮地。


 背中を足場にして距離を取る。


 近くにスクーターが転がっていたので、両手で持ち上げた。


「力が強いのは、お姉ちゃんだけじゃないんだからっ!」


 レベル三にまでなれば女性がスクーターを持ち上げることも容易だが、このまま投げたとしてもナーガが口から液体を吐いて、消滅させてしまうかもしれない。



 ヒナタはどうするか悩んでいると、脳内に冷夏の声が聞こえてくる。


『いくよっ!』


 ナーガへのデカい攻撃が行くと察したヒナタは、スクーターを床に置いて再び同じスキルを使用する。


 ――縮地。


 上空に移動していた。


 顔を上げるナーガ。周囲の警戒が疎かになっていた。


「たぁあああああっ!」

「どりゃぁああああッ!」


 烈火と冷夏が同時に叫んだ。


 ナーガが振り返る。


 目の前にトラックが迫っていた。


 回避するには時間が足りない。頭を守ろうとして腕を上げている途中で当たってしまう。


 二人は『怪力』スキルを使ってトラックを投げているため、当たったぐらいで止まるようなスピードではない。


 横に吹き込んで地下駐車場の柱に衝突し、ナーガは挟まれて圧死した。トラックの方も様々な部品が飛び散り、大きく破損している。緑や赤など様々な液体も流れ出るほどだ。


 ヒナタは着地すると冷夏に抱き付くと、双子は喜びを分かち合う。


「勝った!」

「生き残れたーー!」

「探索者すげー!」


 戦いを見守っていた人たちから歓声が上がった。


 襲われるまで文句を言っていたのに調子の良いヤツらだ、と烈火は心の中で毒を吐く。


 だが緊迫した状況下で、前向きな空気が作れていることは歓迎するべきことである。あえて口に出して避難することはなかった。


「あんなデカいトラック投げられるなんてお姉ちゃんのバカ力――いたいってっ!」


 暴言を吐こうとしたヒナタの頭を冷夏が軽く叩いた。


「二人で投げたから。そこ、ちゃんと覚えておくように!」

「はーーーい」


 トラックに挟まれて死んだナーガは黒い霧に包まれて消えている。残っているのは魔石のみ。


 完全に退治できたと安堵していたが、春の切迫した声で意識が変わる。


「みんな! 追加のモンスターが来たよ!」


 この場にいる全員が地下駐車場の出入り口を見る。


 先ほど戦ったナーガが三体もいた。


 頬が引きずる。


 武器を持っていない冷夏たちが勝つのは難しい。


「お姉ちゃん……逃げる?」

「他の人たちを見捨てて?」

「……ごめん。今の発言はなしで!」


 戦うと決めたヒナタは、置いておいたスクーターを持ち上げた。


「攻撃します!」


 春が『エネルギーボルト』を放つが、口から吐き出された液体によって消されてしまう。


「えいっ!」


 スクーターを投げたが同様の結果になってしまった。


 三体分もあるので、先ほどより威力が高い。


「分散させて戦うしかない……?」


 ナーガがまとまって行動している限り、遠距離からの攻撃は無効化されてしまう。


『ファイヤーボール』を放つにしても、相手の数が多すぎる。体内に残っている魔力量が不安だ。無駄には使えない。


「私とヒナタが一体ずつ担当して、できるだけ早く倒す。烈火君と春君は残りの一体にちょっかいを出して時間を稼ぐ。この作戦しかないか……」


 冷夏の発案に烈火はニヤリと笑った。


 探索者としてデビューしたばかりではあるが、戦えることに喜びを感じているのである。

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