第233話 まだ死ねないからね

「俺が囮になる!」


 冷夏が作戦を伝える前に烈火が走り出した。春は止めようとしたのだが間に合わない。


 独断行動ではあるが今回は良い方向に転がる。


 ナーガが一体だけ動きだして烈火と闘い始めたのだ。


 残りの二体の内、一体は春の方へ、そして残りの一体は冷夏たちの方へ蛇の体をクネクネと動かしながら進む。


 予定とは少し違うが分断はできた。


 後は冷夏とヒナタがナーガを早く倒せば良いだけである。


「ヒナタ! 行って!」

「うん!」


 飛び出したのはヒナタだ。接近すると『縮地』を使って背後に回る。後頭部を殴りつけると、ナーガは後ろを向いた。


 注意を引くことに成功したのだ。


 続いて冷夏が攻撃を仕掛ければ殴り殺せる可能性もあるったのだが……ナーガは蛇の体を器用に使い、近くに転がっていたバイクを持ち上げている。


 走り出そうとする冷夏に向かって投げた。


 直撃する前に立ち止まり、体を沈めて回避する。頭の上ギリギリをバイクが通過していく。


 危機を回避した冷夏が立ち上がって一歩足を前に出すと、背後が爆発をして吹き飛ばされてしまった。


 最初のナーガを倒した時、トラックからガソリンが漏れており、バイクと衝突した際の火花によって引火したのだ。


 さらに運が悪いことに冷夏の背中に鉄の棒が突き刺さる。貫通してしまい腹から出ていた。


 ナーガは蛇の下半身で冷夏を捕らえようとする。


「お姉ちゃんっ!」


 囮役をやめてヒナタは冷夏を助けようと動くが、ナーガが黒い液体を吐き出したため中断するしかなかった。


 横に飛んで回避するが、続けて黒い液体を吐かれてしまったので、転がるようにして車の後ろに隠れてやり過ごす。


 邪魔者を排除したナーガは負傷している冷夏を蛇の体で捕獲すると、目の前にまでもってくる。


 口を開くと長い舌を出して頬を舐めた。


「最悪……」


 ざらりとした感触、遅れてきた腐臭に、思わず冷夏は吐き出すように言ってしまう。


 非常に嫌がっている顔をしているとナーガは嗜虐的な笑みを浮かべる。


 嫌がれば嫌がるほど興奮しているのだ。


 攻撃が止んだのでヒナタが車から飛び出そうとする。


 ナーガは冷夏の首に手をかけてけん制した。


 動けばへし折るぞ。


 言葉にしなくても伝わる。


 攻撃を中断しても見逃してくれる相手ではないと理解しているが、ヒナタの戦意は急速になくなり足が止まった。


「ヒナ……タ……」


 烈火と春は守りに徹しているので時間は稼げている。


 自分がしくじらなければ勝てたかもと、冷夏は後悔する気持ちで押しつぶされそうだ。


 絶望した表情を浮かべる冷夏に満足したナーガが口を大きく開いた。顎が外れて通常では考えられないほど大きい。丸呑みするつもりだ。


 ナーガの口が冷夏に近づく。


「え!?」


 血が顔にかかった。


 突如としてナーガが吐血したのだ。


 瀕死であるのか、力は抜けていき、冷夏が解放される。


 地面に落ちる途中でヒナタが抱きしめたため、刺さっている鉄の棒は抜けていない。


 出血は最小限に留まっている。


 先ほどまで自分を食べようとしているナーガを見ると、腹にいくつもの穴が空いていた。奥には里香の姿が見える。


「助けに来たよっ!」


 淡く光る剣を振るって春を襲っているナーガを背後から斬りつける。


 首を切断されて頭が飛んだ。


 突然の侵入者に驚いた烈火と戦っているナーガが振り返る。


「うおりゃぁぁああ!」


 明確な隙だ。烈火は『怪力』のスキルを発動させたまま顔、胸、腹を何度も殴りつけた。


 レベル一とはいえ、スキルの補助もあるため威力はバカにできない。


 倒すまでには至らないが、ダメージは蓄積されていき動きが鈍る。


 ナーガは蛇の下半身で捕らえようとするが、気づいたときには半分ほど切断されて、使い物にならなかった。


「許さないんだからっ!」


 烈火が後ろに跳んで距離を取り、里香が剣を振り下ろす。ナーガは縦に切断され、血を吹き出しながら倒れた。


 しばらくすると黒い霧に包まれて消える。


 冷夏を食べようとしていたナーガも、ヒナタが連続で殴りつけていると力尽きていた。


 襲ってきた脅威は全て消滅すると、怯えていた人たちが歓声を上げる。


 助かったと、お互いを抱きしめ合いながら喜んでいた。


「ちッ。勝手なヤツらだ」


 烈火は吐き捨てるように言ってから冷夏とヒナタの前に来た。


「大丈夫か?」

「もちろん。まだ死ねないからね」


 親指を上げて元気だと言っている冷夏ではあるが、顔に汗が浮かんでいて、そうは見えない。


 非常に辛そうではあるが、数時間は耐えられそうだ。


 続いて春と一緒に歩いてきた里香が声をかける。


「外にいる蛇神は、すぐに正人さんが倒してくれます。それまでワタシがここを守るので休んでてください」


 ギリギリだったが何とか間に合った。


 里香には外にいる人たちを見捨てた罪悪感が残っているものの、冷夏を守れたことに喜びも感じていた。


 気を抜ける状況ではないが、やれることはやった。


 あとは正人が蛇神を倒して戻ってくるのを待つだけである。


 またナーガが襲ってくる可能性もあるため、里香は地下駐車場の出入り口で待ち構えることにする。


 女性一人に任せられないと烈火、春も同行すると警戒を続けることにした。

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