第230話 礼は受け取りました

「あぶないッ!」


 宮沢愛が屋上の固い床に叩きつけられる直前で、正人が間に入って受け止めた。


 強い衝撃を受けたが『身体能力強化』『怪力』のスキルを発動させていたため、二人とも無事に済んでいる。


「なんで助け――」

「クレームは後で聞きます。今は一緒に蛇神を倒しましょう」


 文句を言いかけた宮沢愛の言葉を正人は遮った。


 異界と呼ばれるダンジョンに似た空間まで強制移動させられた今、地球でのいざこざは忘れ、協力して戦わなければ生き残れない。


 だからこそ共闘できないかと伝えたのだ。


「……残念だけど私はもうまともに動けない」


 石化と舌による叩きつけによって、大きなダメージを負った宮沢愛は戦える力など残っていない。


 できることとしたら生きた餌として存在することだけだ。


 普通なら見捨てなければいけない状況なのだが、正人の存在が全ての不利な状況を覆す。


「問題ありません。大丈夫ですよ」


 ――復元。


 灰色の肌に血が通い出し、邪眼によって石化しかけていた宮沢愛の体が元に戻る。全身を押そう痛みすら綺麗に消えた。


「すごい。正人……さんは、回復のスキルまで持ってるの?」

「ええ。まぁ」


 話している間に蛇神の口から黒い水が放たれた。毒を含んでいるだけでなく、触れれば様々な状態異常を引き落としてしまう危険な攻撃だ。


 ――自動浮遊盾。


 半透明の盾が五つ出現すると、組み合わさり、拡大する。屋上を覆うほどのサイズである。


 黒水が衝突すると破壊されることはなく、はじき返してビルを避けるようにして落ちていった。


「……一緒に叩く作戦にはのる。けどその代わり、一つだけ約束して」

「なんでしょう」

「優君を助けて。おねがいっ!」


 屋上で寝かされている小鳥遊優の腹には穴が空いていて、血が流れ続けている。しばらくすれば息絶えてしまうだろう。


 羽月レイナが食われてしまった今、最後に残った仲間を助けたいと願うのは当然だ。


「もちろんです」


 正人は抱きしめていた宮沢愛を屋上の上に立たせる。


 近くに死にかけている小鳥遊優がいたので、『復元』のスキルで傷を塞いだ。


 失われた血すら元の状態に戻してしまい、顔色はすぐに良くなる。


「ありがとう」

「蛇神を倒すためですから。気にしないで下さい」

「……それでも、ありがとうとは言わせて」

「わかりました。礼は受け取りました」


 ようやく共闘の準備が整った。正人は半透明の盾を小さくして周囲に浮かばせる。


 蛇神の顔が見えた。


 ――石化邪眼。

 ――麻痺邪眼。

 ――呪詛邪眼。


 三種類の状態異常を引き起こす邪眼のスキルを使った。


 体内の魔力を活性化させて、正人は抵抗する。


『石化耐性:石化への抵抗能力が付く。自動で発動』

『呪詛耐性:呪いへの抵抗能力が付く。自動で発動』


 スキルを覚えたことで無効化した。


 耐性スキルのない宮沢愛と小鳥遊優は三種の状態異常を受けてしまい、倒れる。


 それらを『復元』のスキルで回復させた。


 邪眼の効果が発揮しない。さすがの蛇神も気づいた。


 直接戦って殺すしかない。噛みつこうとして、正人たちにビルを丸呑みできるほど大きな口を近づけていく。


* * *


 地上の人々を守ってほしいと依頼されている里香だったが、ワイバーンやナーガの数が多く、手が足りていない。犠牲者は増える一方である。


 周辺の物を破壊尽くした後はモンスターに襲いかかる人も出てしまうほど。


 さすがに自殺をするような人を助ける余裕なんてない。


 魔力が切れかけても戦っていた里香だが、すでに助けられる人はいないと諦めていた。


 だがそう判断していても割り切れているわけではない。任された仕事すら満足にできず、見捨てるしかない状況に嘆いていた。


 許されることなら、この戦場から逃げ出したい。


 そんなことを思っていたからだろうか。地獄のような戦場を俯瞰して見ることができ、ナーガの動きに変化がおこっていることに気づく。


 正人たちが戦っているビルに向かっている個体がいくつかいるのだ。


「あぁっ!」


 外にいる人たちに意識を取られていて忘れていたが里香は、ようやく室内にも生存者がいることを思い出す。


 蛇神に見られていないため正気は保っている。助けられる人たちだ。


「助けないとっ!!」


 上空から襲ってきたワイバーンを横に飛んでかわし、羽を斬りつける。付け根を傷つけられてバランスを崩して落下した。


 一撃で倒せなかったったが里香は追撃を諦める。


 蛇神がいるビルへ走り出した。


「うあえががっ!!」


 里香の姿を見つけた男性が、奇声を上げながら掴んでくる。あえて走る速度を落としてかわしたが、今度は後ろから女性が羽交い締めにしてきた。


 首筋を噛んでくる。


「いたっ!」


 手加減のないかみつきは、皮膚を破って肉まで到達する。想像していた以上の脅威を感じ、全力で体を掴んで投げ捨てる。


 女性は一度も口を開けることはなかったので、首筋の肉をごっそりと取られてしまった。


 血が吹き出て装備がさらに赤くなっていく。


 僅かに残った魔力を使うか悩んでいると、スキル『天使の羽』から放出された光の粒子が落ちてきた。ビルの屋上から散布され、地上にまで届いたのである。


 体に触れると出血が止まっていく。


 距離が離れているため効果は薄れており完治とまではいかないが、体を動かすには問題ない。


 別の場所にいても守ってもらえた。


 その嬉しさが里香の戦意を高めていく。


「頑張らないと」


 助けるべき人を助けられず心が折れかけていたが、もう大丈夫だ。


 迷うことのない真っ直ぐな目をして、里香は再び走り出す。

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