第229話 なに……あの大きな蛇

 自慢の邪眼が効かず、攻撃を受け続けた蛇神は、ようやく正人たちを他のエサとは違うと認識した。


 敵だ。こいつらの牙は、自分の命に届くかもしれない。


 矮小な人間ごときに危機を感じてしまった己が許せず、蛇神は激しい怒りを覚える。


 ――召還。


 周囲に両手が翼になった蜥蜴――ワイバーン、そして上半身が男性で下半身が蛇のナーガが出現した。数十を超えており、地上にいる人々をターゲットにしている。


 宮沢愛と羽月レイナの視線は蛇神に向けられており、助けに動こうとはしない。


 正人は舌打ちをするとスキルを発動させる。


 ――天使の羽。


 純白の羽が背中から生えて光の粒子が宙を舞う。回復効果があるため、ワイバーンやナーガに攻撃されても多少の回復効果は期待できるだろう。


「やっぱり私と同じスキルをっ! どうして!?」


 憧れていた宮沢愛に敵意を向けられても正人は動じなかった。


 すでに彼女は過去の人という扱いになっており、また今回の作戦を邪魔しているからだ。


 個人の名誉ではなく、モンスターの脅威から人類を守るために戦わない。その姿にむしろ嫌悪感を覚えるほどだった。


 飛んでいるワイバーンと戦うため、正人は空中を移動する。


 ――麻痺邪眼。


 蛇神の目が光った。


 精神を惑わす能力に加えて麻痺の効果まで追加される。


「なにこれ!?」


 最初に影響を受けたのは羽月レイナだ。蛇神の体を切りつけようとして腕を上げていたが、止まっている。もう一度、槍を使って突進しようとした宮沢愛、様子をうかがっている小鳥遊優も同様だ。


 耐性系のスキルを持っておらず、また近くにいたため、まともにくらってしまったのだ。


 離れている正人も魔眼からの影響は受けている。動きが鈍っていた。


 蛇神はこれ以上の援軍が来ては面倒だと考え、さらにスキルを発動させる。


 ――異界化。


 神とまで名付けられたモンスターが使う、究極のスキルだ。


 半径一キロの景色が一変した。コンクリートの地面が荒れ地になり、空は赤黒くなっている。蛇神が絡みついているビルだけは残っているため、建物の中にいる冷夏たちも連れてこられている。


「どういうこと!?」

「何があったの!!」

「みんな一旦、逃げよう!」


 羽月レイナ、宮沢愛、小鳥遊優から悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。


 モンスターの表情なんて正人には分からないが、蛇神は笑っているように見えた。


「ここはダンジョン?」


 錯乱していた人たちを守るため、地上にいる里香がつぶやいた。


 地上より魔力が満ちていて、独特の空気感が似ているのだ。


 驚いている間にワイバーンが動き出す。


 滑空して獲物である人間を捕食しようとしているのだ。


 離れていたため邪眼の影響を受けてない里香が『エネルギーボルト』で迎撃しようとするが、威嚇以上の効果を発揮しない。すぐにでも被害は出てしまうだろう。


 麻痺によって動きの鈍った正人は、体内の魔力を活性化させて抵抗を続けている。


『麻痺耐性:麻痺への抵抗能力が付く。自動で発動』


 里香の言葉を裏付けるように正人はスキルを覚えた。


 ――高速思考。


 周囲の動きが遅くなり、思考は高速で進む。蛇神は動けない羽月レイナを食べようとして舌を伸ばしている。十羽ほどのワイバーン、そして地上にいるナーガは人々を捕食し、里香は血を流しながら戦っている。


 上空に残った残りのワイバーンは正人へ近づいて、数秒すれば噛みついてくるだろ。


 一人で全員を救える状況ではない。


 誰を倒し、助けるべきか。


 命に優先度を着けなければいけない状況だった。


(そんなの決まっている。大切な人からだッ!)


 ――毒霧。


 正人の周囲に紫色の霧が発生した。直後、ワイバーンが突入する。鱗、肉、そして薄い飛膜が溶けて落下していく。


 ――転移。

 ――大剣術。


 里香の数メートル上に移動した。純白の羽を動かし、近くにいるワイバーンを大剣で叩き潰していく。


 不意を衝かれたワイバーンは、大した抵抗なんてできずに数を減らしていった。


「正人さん!」


 ナーガと戦っていた里香は、魔力が尽きかけて『自己回復』が追いつかず、横腹に噛みつかれた跡があった。


 手で押さえているが出血は止まっていない。


 純白の羽から発生する光の粒子によって回復しつつあるので、死ぬようなことはないだろうが、仲間を傷つけられた事実には変わらない。正人は激しい怒りを感じる。


 ――ファイヤーボール。


 火の玉が数十浮かび上がり、ワイバーンやナーガに向けて放たれる。


 地上にいる人々を襲っていたため回避する余裕はない。頭や翼、体に衝突して爆発すると、次々と落下していく。鱗にはスキルの効果を減少する能力はあったのだが、そんなもの、正人が放つスキルの前では意味をなさなかった。


 雑魚を処分し終えると、里香を『復元』で回復させてから『転移』でビルの屋上へと移動する。


 羽月レイナの姿は見えない。捕食されたのだ。


 屋上に降り立った正人は宮沢愛の無事な姿を確認したが、腕には腹に穴を開けた男性――小鳥遊優を抱きかかえていることに気づく。


 少し目を離しただけで二人も倒されたのだ。


「優君までもこんな目にあわせてっ! 絶対に許さない!」


 小鳥遊優をゆっくり置くと、宮沢愛はスキルを発動させる。


 ――突進。


 全身が淡く光ると槍を前に出して蛇神に向かって高速で進む。


 ――石化邪眼。


 だが蛇神には届かない。羽や腕が石になってしまい動きが弱まってしまったのだ。宮沢愛の頭上に蛇神の舌が迫る。


「がはっ」


 叩きつけられて屋上へ落下してしまった。

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