第228話 みんな黙って!

 ショッピングモール内で避難が始まっているとき、正人はヘリコプターから地上の様子を観察していた。


 状況を端的に表現すのであれば、地獄である。


 数百もの人々が正気を失って暴れ、街を破壊しているのだ。


 まだ殺し合いには発展していないが、時間の問題である。


 あと数時間もすれば被害はさらに拡大し、モンスターが地上に出てから最大の死傷者数となるだろう。探索協会や政府への避難は避けられない。


「正人さんの力で何とかしてください!」


 ヘリコプターに同席している谷口が懇願していた。


 また無茶なことを言うと思いながらも正人はスマホを取り出して里香に通話する。


 ワンコールですぐにつながった。


「これから蛇神と戦いに行くから、里香さんは地上にいる人たちを守ってもらえるかな?」

「もちろんです。ですが、全員を守るのは難しいと思います」

「……だよね。できる限りでお願いするよ」

「はい! お任せください――え? まって! 勝手に入らないでくださいっ!」


 通話の途中で里香が叫んだ。


 スマホ越しから複数の足音が聞こえる。


「何があっったの!?」

「三人組の探索者が蛇神に近づいて……あっ! 攻撃を始めちゃいましたっ!」


 正人は視線を蛇神の方に向けると、純白の羽を生やして空を度んでいる宮沢愛の姿が見えた。


 地上には羽月レイナや小鳥遊優もいて、蛇神と戦うつもりである。


「なんで彼女が!? 谷口さん! どうなってるんですか?」


 蛇神の目で見られると錯乱してしまうため、参戦する人数は最小限にすると決められている。


 今回は正人と里香だけ。


 他の探索者が参加しても足手まといになる。


 隼人のパーティーは実力としては問題ないが、協調性に欠けるので今回は外されていた……はずだった。


「今、確認していますッ!!」


 不測の事態の発生に戸惑いながらも、谷口は探索協会に作られた蛇神対策本部へ連絡をしている。


 現場で起こっていることを必死に伝えているが、本部からの返事は「そんな報告は不要。さっさと蛇神を倒せ」のみ。宮沢愛たちを止める動きすら見せない。


 さすがの谷口もこれには切れてしまう。


「てめーらは安全な場所で仕事しているけどな! それができているのは、俺たちの力と犠牲があってこそだぞッ! 覚えておけクソ野郎ども!」


 通話を切ると、即座にスマホを床に叩きつける。


 隣の席にいる操縦士は、よくぞ言ってくれたと笑っていた。


「正人さん!」

「はい!?」

「もう好き勝手動いて大丈夫です」

「いいんですか?」

「もちろんです。責任は全て私が持ちます」


 吹っ切れた顔をした谷口が言い切った。


 探索協会側にも理解がありそうな大人がいるのだと安心すると、正人は親指を立ててから大剣を持つ。


 蛇神は大きいためナイフではダメージを与えられな意図の理由で、探索協会から借りてきたのだ。


 亜竜の骨をベースにアダマンタイトを混ぜ込んでおり、耐久性だけでなく、スキルで作り出した火球や水球といった現象までも切り裂ける逸品である。このレベルの武器は金を積んでも手に入らない貴重品だ。


「できるだけ協力しながら蛇神を倒してきますよ」

「ご武運を祈っています」


 正人はヘリコプターから飛び降りた。


 風が全身を襲う。蛇神は戦闘をしていて気づいていない。屋上で宮沢愛を飲み込もうと口を開いている。


 このまま地面に叩きつけられたら死ぬのは間違い。距離がある程度近づくと『短距離瞬間移動』を使って蛇神の頭上に移動した。


「あなたは! また私を邪魔すもり!?」


 隼人が死んだ後、日本最強の探索者となった正人を強く恨んでいる。


 蛇神討伐という大きな手柄を奪われるんじゃないかと焦っていた。


「協力して倒しましょう!」


 目的を伝えながら正人は大剣を突き刺そうとする。


 次の瞬間、攻撃を察知して後ろに飛んだ。


 正人の目の前を光の矢が通り過ぎていく。


 放った犯人の方を見ると少女だった。羽月レイナだ。隼人と幼馴染であり強い愛情を抱いていたため、彼の後釜として扱われる正人の存在が許せず、蛇神よりも優先して攻撃したのだ。


「レイナ! 気持ちはわかるけど蛇神を先に倒さないと!」

「うるさい! うるさい! みんな黙って!」 


 仲間の忠告を無視して、足場を失い落下している正人に狙いを定める。


 ――エネルギーボルト。


 光の矢が放たれた。


 攻撃を受けるわけにはいかず『短距離瞬間移動』で、再び蛇神の頭上に移動。すかさず大剣を突き刺す。


「GYAOOO!!」


 一瞬の隙を狙っていたためスキルは使えず、また足場が安定せず力を入れらなかったこともあり、頭蓋骨までは貫通できなかった。


 頭を左右に激しく動かして、正人を振り落とそうとする。


 ――突進。


 そんな隙を見逃すほど宮沢愛は甘くない。槍を前に出すとスキルを使って一直線に進む。


 腹を突き破って貫通した。


 羽を巧みに動かして振り返る。蛇神に空いた大穴がふさがりかけているところだった。


「ボスなんだから、そのぐらいはできるよね」


 ダンジョンの深い階層で出現するボスなのだから、回復手段を持っていても不思議ではない。当然だろう。傷を癒すスピードが速いことも想定内である。


 即死させるか、蛇神が力尽きるまで戦い、倒すのみ。


 そして失った名誉を取り戻す。


 宮沢愛がこの場で戦う理由であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る