第227話 安全な場所に逃げてね!
ミノタウロスが倒されたので、ショッピングモール内は安全になった。
配信で状況を確認していたヒナタは、烈火と春を連れて冷夏と合流する。
「お姉ちゃん!」
抱きついて無事を喜ぶ。
いつも通り元気な姿だ。
「今回も助けてくれてありがとう」
「かっこよかったぜ」
春、烈火は身体的な接触なんてできないので、離れた場所から声をかけた。
怪力JKと言われてい恥ずかしい思いをしている冷夏は、血みどろの戦いをしても、からかうようなことはしない三人に安心感も覚えていた。
「誰かから連絡が来たみたい!」
姉から離れるとヒナタは震えているスマホを手に取る。液晶画面には正人の名前が表示されていた。
珍しいな、と感じながら通話ボタンをタップする。
「正人です。みんな、まだショッピングモールにいるの?」
ダンジョン探索で危機に陥ったときのような声だ。楽天的なヒナタですら緊張感を覚えるほどである。
「うん。まだいるよ! ミノタウロスが出てきたけどお姉ちゃんが倒してくれた!」
「その配信は見ていたよ。すごかった! じゃなくて! みんな外に出ないで、室内のどこかに避難するよう誘導してもらえないかな」
「えー、どうして? もう安全だよ!」
「外にヤバいモンスターがいて、ビルから出ないほうが良いんだ」
スマホを耳から離したヒナタはスピーカーモードに切り替え、通話を維持しながら動画配信アプリを立ち上げる。
何をしているのか興味を持った三人が画面をのぞき込む。
ヒナタは渋谷が映っている人気急上昇中の配信をタップした。
「巨大な蛇が出現しました! 目を見ると倒れてしまうようです! みなさん近づかないよう気を付けてください!」
自分たちが入っているショッピングモールのビルを締め付けるようにして、頭に小さい羽の生えた蛇のモンスターが映っていた。
今見ている映像はテレビ局が上空から撮影しているようで、周辺の状況もわかるようになっている。
「モンスターがいるのに暴動が起こっている?」
春が疑問に思うのは当然だ。
蛇神が目の前にいるものの逃げようとせず、近くにいる人間を殴ったり、物を壊したりしているのである。
中には叫んで頭をかきむしり、倒れる者まで出てしまう。
どう見ても、まともな状況ではなかった。
「モンスターの名前は蛇神。離れていれば効果は薄れるんだけど、直接見られてしまうと人の心を惑わせる能力があるんだ。海外にあるダンジョンの二十階層で出現するボスだから、かなり強いよ」
二十階までいくとボスの強さも段違いになる。
先ほど冷夏が戦ったミノタウロスもボスとて登場するが、出現場所は五階層なので冷夏だけでも倒せた。しかし蛇神は武器を持っていても一人で撃破するのは不可能である。無謀と言い換えてもいいだろう。
また数を集めれば倒せるという相手でもない。
レベル一程度の探索者が集まっても、精神を侵食されて同士討ちを始めてしまうからだ。
蛇神の前に立てるのは最低でもレベル二まで必要であり、まともな戦力として関されるのはその中でも上位でいなければいけない。
「あれは私の方で何とかするから! 安全な場所に逃げてね!」
ヒナタが返事を言う前に通話が切れてしまった。
動画の声が鮮明に聞こえるようになる。
「ビル周辺に民間人がいるため、自衛隊は攻撃できないそうです! 探索者の救援活動に期待するしかありませんっ!」
重火器を使えば蛇神にダメージは与えられるが、ビルの内部、そして外には多数の人がいる。しかも避難指示に従ってもらえる状況ではないため、邪魔なのだ。
自国民を攻撃されてしまえば非難を受けてしまうため、手出しができない状況であった。
配信を見ていると、建物からミシミシときしむような音が聞こえたので、四人はスマホの液晶画面から目を離して壁を見る。
ひびが入っていた。
蛇神の締め付けによって壁が壊れそうなのだ。
「やべぇな」
部屋に隠れたとしてもビルが崩壊してしまえば生き埋めになる。さすがに無事では済まないだろう。とはいえ外に出ても危険だ。
蛇神の邪眼によって烈火や春は正気を失う。
チャンスが来るまでは、どこかに逃げておかなければいない。
「地下駐車場に行こう。建物が崩壊してもそこなら大丈夫かもしれない」
春の提案に三人は同意した。
仮に建物が崩壊しても、蛇神が消えれば助けてもらえる可能性は高い。
外に出れない今、無難な選択だと思われた。
「私が先頭を歩くから、ヒナタは後ろ。付いてきて」
指示を出し終わると冷夏は走り出す。烈火、春も続いていく。
ヒナタは周囲を見ると外の状況に戸惑っている人たちが視界に入った。
「私たちは地下の駐車場に避難するよー!」
ヒナタは手を振って注目を集めながら大声で叫んだ。
数人が気づいてどうするか悩んでいる。
「外に出てもおかしい人たちに襲われるだけだよ! だったら、強い探索者の側にいたほうが安全じゃない!?」
誰かが言った意見だ。この場の空気を換えるには十分であった。
置いて行かれないようにと、一人、二人とついて行き、それが大きな流れとなっていく。
ミノタウロスから逃げ遅れた人たちは、ヒナタたちについて行くことにしたのだ。
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