第226話 怪力JK

『三階から飛び降りてミノタウロスを殴りつけたぞ!?』

『あの制服はどこの高校だ?』

『可愛いけどこえぇぇぇぇっっ!!』


 世界に向けて冷夏の戦いが映像として流れている。


 本人は気づいていない。もしわかっていたら、恥ずかしくて戦いどころではなかっただろう。


「ブオォォオオオオッ!!」


 吹き飛ばされたミノタウロスが雄叫びを上げて、立ち上がった。


 近くに転がっているマネキンを掴んで投げる。


 単純な攻撃に当たる冷夏ではない。


 足を引いて半身になると最小の動きで回避。さらに左拳を顎の前に、右拳を胸の高さにまで上げて構えた。


『素手でミノタウロスと戦うつもりらしいぞ!』

『マジで!?』

『怪力JKすげぇぇぇ!!』


 普通に考えれば無謀であり即死行為ではるが、冷夏なら勝負になるかもしれないという期待感があるため、コメントは非常に盛り上がっている。


 まるで闘技場を観戦する人々のようだ。


『お姉ちゃんそっちどう?』


 戻ってこない姉を心配したヒナタが、『念話(限定)』のスキルで話しかけてきた。


『ミノタウロスと戦うことになったけど、多分、大丈夫。他にモンスターがいるかもしれないから気をつけて』

『えええ! それピンチじゃん! ヒナタも協力する!』

『それよりも、二人を守ってあげて』

『うーーーん。了解! 気をつけてね! ぜーーーったい負けちゃダメだから!』

『わかってるって』


 返事をしてすぐに念話を切った。


 同時にミノタウロスが前傾姿勢で突進してくる。頭に付いている角で刺すつもりなのだ。


 動きはよく見える。後ろにはビルの柱があって、破壊されたら周囲に大きな被害が出るかもしれない。


 止めてみせる。


 自然と、そう判断していた。


「はぁあぁああっ!」


 気合いを入れて声を出す。


 地面に刺していた斧を抜き取ると横に振って投げる。


 風を切りながら回転し、進む。


「ブオオオオ!」


 器用に頭を右に振るうと、ミノタウロスは角で斧を弾いた。


 直後、目の前に冷夏の姿が現れる。投擲と同時に走り、ミノタウロスの懐に入ったのだ。


 防御のために突進の勢いが弱まっている今がチャンスである。


 右の拳を振り上げ、顎に当てる。


 巨体が宙に浮いた。


『怪力JKすげぇぇぇ!!』


 配信のコメント欄は誰も読めないほどの速さで流れる。


 人類が素手で巨大なモンスターを圧倒している。その姿に感動しているのだ。


 もはやモンスターによる惨殺ショーは起こらない。そんな期待感があった。


「はぁあっっ!!」


 左足を軸にして体を回転させながら、右足をミノタウロスの頬にあてる。


 身動きが取れずに直撃してしまい、床を削るようにして横へ吹き飛ぶ。


 すぐさま冷夏は跳躍すると体の上に乗り、腹に拳を何度も叩きつける。


 ミノタウロスの口から大量の血が吹き出し、全身が痙攣していた。それでも手は止めない。


 脳が揺れて体が動かせないため、抵抗はできない。


 殴られ続けていると、全身から力が抜けて黒い靄に包まれて消えていく。


 なんと冷夏は、強靭な筋肉を持つモンスターを素手で殴り殺してしまったのだ。


 残った魔石は手のひらに収まらないほど大きい。


 二階や三階から戦いを観戦していた人たちが、祝福の言葉を投げかける。


「え、なんで逃げてないの??」


 まさか戦いを見物している人たちがいるとは思わず、冷夏は焦りながら顔を上げた。


 スマホのカメラが向けられていることも気づき、先ほどの戦いが実況されていたと悟る。


 慌てて自分のスマホを取り出すと、配信アプリを立ち上げる。人気急上昇ライブに自分の姿があった。


 不安を感じ、揺る得る指先でタップして再生する。


『JKこぇぇぇ!!!』

『クラスメイトは彼女を怒らせないようにしろよ!』

『彼氏いるのかな。俺、惚れたんだけど』

『ケンカしたらミノタウロスみたいになるぞ』

『……やっぱ、今の発言なしで』


 冷夏は無言でアプリを落とすとスマホをしまう。


 探索協会の力を借りて、配信を見た人立ち記憶を消去できないだろうか。


 本気でそんなことを冷夏は考えていた。


* * *


 渋谷のショッピングモールの屋上で、三人の男性がスマホで冷夏の戦う姿を見ていた。


 彼らはラオキア教の信者であり、大教祖から召喚のスキルカードを渡されている。


「同士の召喚したモンスターが殺された」

「遺憾である。次の手を打たなければ」

「単体では勝てない」

「であれば、全員で使うか?」

「それが良い。敵の戦力は判明した今、逐次投入は愚策」


 三人の男性はお互いに顔を見ながらうなずいた。


 手にスキルカードを持つ。魔方陣が光っている絵柄だ。


 何が出るか分からないが、モンスターが召喚できる。


 三人が全員使うと念じ、カードは消えていった。


 ――召喚。


 三人が同時にスキルを発動させる。


 床が光、即座にモンスターが召喚される。


 出現したのは巨大な蛇だ。目は赤黒く、心の弱い人が見れば精神が崩壊する。


 ビルに巻き付けるほど大きく、光沢のある黒い鱗覆われた体は大木よりも太い。顔の近くに小さな羽があるため、竜と種別する人間もいるモンスターであり、世間では蛇神と呼ばれている。


 他に召還されたモンスターはゴ、ブリンと犬が二足歩行するコボルトだ。


 腹が減っていた蛇神は下を伸ばして一口で食べる。


 まだ、足りない。


「あばせらはうぇ」


 召喚のスキルを使った三人の男性は、まともな精神でいられず誰も理解できない言葉を発していた。


 蛇神は腹を満たすために、またも舌を伸ばして飲み込む。


 まだ、足りない。


 ビルの下にはエサが大量にある。腹が満たされるまで食事をするため、蛇神はゆっくりと体をビルに巻き付けていく。

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