第281話 私たち、鬼族が住んでいた町です

「さてと」


 スキルの考察は後回しにして、正人は目の前にそびえ立つ白い塔を見た。


 近づいて外壁を触ってみると表面はつるりとしている。なめらかで、つなぎ目は一切ない。材質は金属やコンクリートではなく生物の骨のように感じるが、これほど大きなものは地球上にない。


 ぽっかりと空いている空洞の中を入る。


 照明がなく薄暗かった。


 ――暗視。


 スキルを使って視界を確保すると、中心に螺旋階段を見つけた。他にはなにもない。『罠感知』『索敵』には何も引っかからないので、伏兵がいる可能性は低いだろう。


 いつでも攻撃が出来るようにと『ファイヤーボール』を使って小さな火球を複数浮かべ、『自動浮遊盾』で半透明の盾を出現させてから歩き始めた。


 コツ、コツと靴が床を叩く音が響き渡る。


 敵がいつきても即座に応戦できる程度の警戒は継続しているが、誰かが来る気配は感じられない。それどころか塔内にいる生物は正人だけのように感じられた。


 もう十分も螺旋階段を上り続けているが終わりは見えない。すでに塔の頂上についてもおかしくないぐらい進んでも終わりが見えないのだ。


 さらに歩き続けて数分、ようやく正人は空間が歪んでいると気づく。


 顔を上げると周囲に待機させた火球の一つを上に飛ばした。


 ぐんぐんと上昇していくと光が見えなくなる。


(思っていたよりも高い。一時撤退して準備を整えてから再突入するか?)


 神津島奪還計画は一日で終わらせる予定だったため、食料はほとんど持ってきていない。水だって僅かで、長期探索に耐えられる装備ではないのだ。


 今は慎重に行動するべきだと判断した正人は、階段を降りようとする。


「帰ってしまわれるのですか?」


 目の前に突然、テレビに映っていたレイアが現れた。


 宙に浮いており体は透けていて後ろが見える。


 遠距離から映像を見せているかもしれない。正人は攻撃ではなく、警戒しながらも対話を試みることにした。


「終わりが見えないですからね。準備をしてからまた来ますよ」


「手遅れになるかもしれませんよ?」


「それってどういうこと……」


 疑問に答えることなく笑顔を浮かべたレイアは消えてしまった。


 どうしても先ほどの言葉が気になってしまう。戻るわけにはいかなくなった正人は上を目指すことにするが、螺旋階段を素直に上っていても時間がかかりすぎてしまう。


 間に合わないという言葉の真意も気になるため、スキルに頼ると決める。


 ――天使の羽。


 背中に純白の羽を出現させて空を飛んだ。


 歩くよりも速く頂上へ向かっているが、終わりは見えてこない。無駄に時間を消費させる罠だったのかもしれない。戻れば良かったと正人は少し後悔をしているが、突き進む。


 真っ直ぐに進むことさらに十分ほど経過してようやく天井が見えてきた。ドアはなく穴が空いている。飛んだまま中に入ると、景色が一変した。


 周囲には燃えかすになった建物の跡がある。木で作られていたようで、一部は炭になっていて火事の跡だとわかる。建物の数は多く町だったように見えた。


 正人がいる場所から見える範囲には焼け跡しかなく、生存者は見えない。


 脳内に浮かぶマーカーには何も浮かんでいないので周囲の探索を始めようと歩き出す。


「来てくださったんですね」


 振り返ると体が透けたレイアがいた。


「ここはどこなんですか?」


「私たち、鬼族が住んでいた町です」


 悲しみに堪えるような表情をされたことから、正人は滅んでしまったのだと察した。


「そこで大火事があったと……」


「いえ。違います。人間に火をつけられ、逃げまどう仲間は殺されました」


 新しい情報が次々と入ってきて混乱しそうになる。


 白い塔は何だったのか?

 ここは異世界なのか?

 なぜ人間とし敵対しているのか?

 生き残りの鬼族はいるのか?


 などの疑問は浮かぶが、最初に聞きたいことは別のことである。


「その人間は私たちと別の種族ですか?」


 地球上で鬼族と戦っている人間の話など聞いたことがない。正人が知っている人種とは別だと考えたのだ。


「見た目は同じですが中身は違います。彼らは生まれたときからレベルを持ち、スキルを使える人間です。失礼な表現だとは思いますが、地球の人間よりも単体の能力は高いでしょう。そういった意味では別の種族と言っても良いかと」


 生まれてからレベルを持っていることも驚きだが、何よりもスキルが驚異的だ。


 レベルすら持っていない地球の人間では絶対に勝てないため、争うことになったら苦戦は避けられないだろう。


「ですが地球は文明が、ここよりはるかに進んでいます。彼らが攻め込んできても抵抗はできますよ」


「でも最後は、異世界人に負けると思っているんですね」


「はい。鬼族と同じ運命をたどると思います」


 地球人よりも優れた力を持つ異世界人の存在。


 それを教えてレイアは何を求めているのか。何もわからない正人は会話を続ける。


「それで私は何をすれば良いんですか?」


「詳細を話す前にダンジョンやゲートの説明をしたいと思います。ここは危険なので、あそこまできてもらえませんか」


 体の透けたレイアが指さしたのは、大きな建物が焼けた跡だった。


「地下にいます。またお会いしましょう」


 また一方的に会話を終わらせてしまった。


 地球に帰るわけには行かず、正人は小さなため息を吐いてから歩き出した。

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