第282話 そこでお待ちしています

 割れた石畳の上を歩いていると、鬼族の死体をいくつか目にする。焼死体が多いものの中には惨殺死体や子供らしき死体も多数あって、種族を根絶やしにしようとする痕跡が残っていた。


 世界が変わっても悲惨な争いや虐殺は発生するのか。


 正人は知的生命体の業みたいなものを感じていた。


 しゃがんで焼け落ちた建物を触ってみると、ほんのりと温かみを感じる。この町が焼かれたのはつい最近だとわかった。『索敵』スキルには何も反応がない。近くには異世界人だけでなく、モンスターすら存在しない生命の火が消えてしまった町である。


(町を荒らすだけ荒らして撤退したのか? もしくは生き残りをどこかに移送している最中とか? 相手の動きはわからないが、レイアは異世界人が戻ってくるまでに私と話しておきたかったのだろう)


 立ち上がると先ほどよりも早く歩く。


 瓦礫を乗り越えて真っ直ぐ進み、大きな建物が焼けた跡に着いた。


 マーカーは浮かんでいない。地上にいないのであれば地下だろうと考えた正人は、建物があった場所を調べ始める。黒くなった木材をどけていくと、折り重なるようにして倒れている鬼族の死体が見つかった。すべて背は低い。子供だ。


 不意打ちだったため、思わず後ろに下がってしまう。


 炭化しているため細かい表情はわからないが、かなり苦しかったんだろうことは容易に想像が付く。


 地球を侵略してきた種族であり現在はモンスターに分類される相手だとしても、さすがに心を痛めてしまう。


 自己満足になってしまうが手を合わせて冥福を祈る。


 目を開くと体の透けているレイアが立っていた。


「心臓に悪い登場の仕方ですね」


「入り口が見つかりにくいと思ってきちゃいました」


 軽く言っているがレイアの表情は暗い。


 目線は焼死体の方に向いていた。


「彼女たちのために祈ってくれたんですね」


「敵だとしても子供に罪はありませんから」


「みんな、そういった優しさを持っていたら世界はもっと変わっていたのでしょうか……」


 地球を侵略してきたくせに何を言ってるんだと攻めたくなる気持ちもあるため、正人は沈黙をした。


 これから話し合いをするのであれば冷静にならなければいけない。


 深く呼吸をして心を落ち着かせる。


「私はどうすれば良いので?」


「この下にドアがあるので中に入ってください。そこでお待ちしています」


 指定された場所は先ほどの焼死体がある場所だ。


 無意識に正人は険しい顔になる。


 他にも入り口がないかレイアに聞こうとしたら、既に姿は消えていた。


「一方的だな……」


 文句を言っても何も変わらない。正人は丁寧に一つ一つ焼死体をどけていく。手が真っ黒になって臭いが付いてしまったが諦めるしかないだろう。


 地面が見えてくると地下に続くドアがあった。


 金属で作られているようで原形を留めている。


 鍵はかかっていないためドアを引くと開くと、地下に続く階段があったので降りていく。


 天上が淡く光っているので視界の確保には困らない。最下層まで着くと脳内に赤いマーカーが複数浮かんだ。場所は正人がいる数メートル先。レイアの姿は目視できている。


「生きているのか?」


 ベッドの上で横になっている彼女の肌は赤く焼けただれていて、四肢は腐食しているようで黒ずみ体液が流れ出るほどの重傷を負っていた。点滴をしていたのだが、すでに薬はなくなっていて空だ。目は閉じていて息をするのがやっとの状態。そんな彼女の横に、体の透けているレイアが立っていた。


 部屋の隅には鬼族の少女が一人いる。切り傷や火傷の跡はあるが、意識はしっかりと保っていて警戒した目で正人を見ていた。


「あなたも異世界人に襲われたんですね」


「ええ、見ての通りです。地球から町に戻った当日、焼き討ちにあってしまい滅びました。私以外の生き残りはどこかに連れ攫われて居場所はわかりません」


 声を出せない本体の代わりに半透明のレイアが答えた。


「襲われたんであれば、地球に逃げれば良かったじゃないですか」


「私は鬼族の巫女です。この町を最後まで見守る義務があったんです」


 正人には理由になっていないように思えたが、種族どころか住んでいる世界すら違うのだから常識で判断なんかできない。


 町が終わるまで巫女は残る必要があったんだろうと無理やり納得することにした。


「それで地下に避難して生き残ったと。そんなレイアさんが私と何を話したいのですか?」


「異世界人の情報を渡す代わりに、サラの保護をお願いできませんか」


 自分の命ではなく、ずっと動かず様子見している少女を守って欲しいと願い出たのだ。


『いや。私はレイア様と一緒にいる』


『ダメ。あなたは次期巫女なのだから、生き延びなければいけないのです』


『町が滅んだら意味ないじゃん。レイアと一緒に最後を迎える……!』


 二人は異世界の言葉で話しているが、正人は『多言語理解(聞き)』のスキルによって内容がわかる。


 相手は気づいていないため一方的に情報を手に入れるチャンスであるため、正人は黙って聞き耳を立てることにした。

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