第150話雑魚が群がってるんじゃねぇ!
『ユルサナイ』
人間では理解できない言語で呟くと、地面に穴が空く。深さは三十センチ弱。正人は落下するがダメージは受けていない。しかし蜘蛛の巣が張り巡らされていて、絡め取られてしまった。
動きを止めた一瞬を狙って、アラクネの危機を察して集合した大蜘蛛が落下してくる。
――エネルギーボルト。
とっさにスキルを使って迎撃するものの量が多い。
生き残った数匹が地面に着地すると正人に向かって牙をむく。
この場で戦うには状況が悪すぎる。魔力を節約したかった正人だが、スキルを使って逃げるしかないと判断する。
――短距離瞬間移動。
穴から少し離れた場所に立つと、アラクネを守るようにして多数の大蜘蛛が待ち構えていることに気づく。索敵スキルで周囲を確認すると、アラクネに向けて大蜘蛛の集団が高速で移動していた。
戦闘に集中していて変化を見落としていたのだ。
スキルの連続使用によって魔力の残量は心許ない。アラクネを倒せたとしても大蜘蛛まで殺しきるのは難しいだろう。それよりも情報を持ち帰ることが、次につながる。
判断は一瞬。正人は撤退すると決める。
一歩後ろに下がって、足が止まった。
脳内のレーダーに異変が起こったからだ。青いマーカーが高速で動いている。目的地はアラクネだ。探索者が近づいているのは間違いないが、いったい誰なのかわからないと正人が考えていた僅かな時間で、目の前に姿を現した。
肩まで伸びた蒼い髪、野心に溢れた瞳、そして他者を圧倒するような自信に溢れた表情。何度も見たことがある男の顔だった。
「道明寺隼人ッ!」
初めて出会ったのはレベル一の頃だった。ユニークスキルはなく、ゴブリンをようやく倒しただけの、どこにでもいる探索者だった正人は、何度も羨ましいと嫉妬した相手である。
探索協会の切り札である道明寺隼人は、正人への援軍として蓮が派遣したのだ。
スキルによって道明寺隼人の腕や足が光っている。両腕につけた蒼いガントレットを大蜘蛛に叩きつけるだけで、瞬時に凍り付いて砕け散る。蒼いブーツで蹴りを入れても同様の結果になる。格闘スキルではあり得ない効果だ。
スキルカードで覚えたのか、それともユニークスキルなのか判断できないが、正人の知らないスキルを使っているのは明白だ。
「おらおらッッ!! 雑魚が群がってるんじゃねぇ!」
荒っぽく叫びながら、隼人は大蜘蛛を次々と倒していく。
レベル四の実力者として申し分ない能力を発揮しているが、正人は隔絶した力を持っているとは感じなかった。
むしろ、スキルを駆使すれば対等にとまではいかないが、よい戦いぐらいは出来そうだ。
レベルアップとスキル取得を繰り返してきた正人は、強くなった実感が湧いて無意識のうちに口角が上がっていた。
「隼人さん! 先に行きすぎですって!」
今度は空から女性の声が聞こえた。
顔を上げると、背中から羽の生えたアイドル探索者の宮沢愛と抱きかかえられている女性が降下している途中だった。
身体の一部を変化させるスキルの存在は非常にレアで、復元と同等だ。そんなスキルを覚えている女性が一般の冒険者であるはずもなく、宮沢愛もまた道明寺隼人のパーティーメンバーであった。
「消滅させるから! 気をつけてね!」
宮沢愛が道明寺隼人に向けて放った警告だ。三人とも正人の存在に気づいていない。
上空に無数の光る槍が浮かび上がる。
範囲は広く、正人の頭上にもあった。
攻撃するのであれば落ちてくるのは間違いない。今から走り出しても攻撃範囲から逃れられないだろう。
――自動浮遊盾。
浮遊する盾を上に移動させたのと同時に、光る槍が雨のように降り注いだ。
ガンガンと盾を叩く音が聞こえる。
壊れることはなさそうだ。
周囲を見ると道明寺隼人は当たりそうになった光の槍だけを弾いており、大蜘蛛は抵抗することも出来ずに体や頭を貫かれていく。
それはアラクネも同じだ。かろうじて急所は外しているが、蜘蛛の下半身や腕には穴が空いて、緑色の血が流れ出ていた。
『クソッ! ニンゲンノクセニ!』
瀕死の重傷を負ったアラクネは、道明寺隼人に背を向けて逃げ出した。
進行方向に正人がいると気づいたが、避けるのは不可能だと判断したアラクネはスピードを上げて、ひき殺そうとする。
「ダメ! 逃げて!」
地面に降り立った宮沢愛が正人の存在に気づいて叫んだ。
屈辱である。
同じトップレベルの探索者であるのに、心配されてしまったのだ。正人のプライドは大きく傷ついた。このままでは終われない。終われるはずがないのだ。闘志が燃え上がる。
「ふぅ」
トラックのように迫り来るモンスターに怯むことはない。
小さく息を吐いて、正人は構えを取る。
――格闘。
――身体能力強化。
スキルを使うと両手両足が淡く光る。
接触する直前、誰もがひき殺されたと思った中、跳躍すると体を縦に回転させる。踵がアラクネの頭に落ちた。
突進の勢いと正人の回転力、そしてスキルのアシスト効果もあって、パンと音がなりアラクネの頭が破裂。着地と同時に緑の雨が降って、服を汚していく。
「だ、大丈夫でした!?」
白い羽を生やした宮沢愛と女性が、心配した様子で駆け寄ってくる。
「ええ。問題ありません」
ケガ一つ負っていない正人は笑顔で返事をする。それでようやく安心した二人は走るのを止めて、大蜘蛛の残党が残っていないか確認しながら歩く。
その後ろには、不機嫌そうな顔をしている道明寺隼人もいて、正人のことを睨んでいた。
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