第275話 負けないんだからっっっっ!!

「里香が戦うなら私も一緒だよ」


 友達は見捨てられないと冷夏も立ち上がった。


「ヒナタだけ置いていかないでね」


 死ぬよりも一人になることを怖がっている彼女らしい言葉を放つと、戦う意志を見せる。


「ワタシとヒナタが囮になるから、冷夏は強力な一撃を叩き込んで」


 基礎能力は敵の方が上回っている。不利な状況ではあるため真っ正面から戦っても勝機は見いだせない。


 特に高い防御力を持っているため、『怪力』『身体能力強化』『槍術』をもつ冷夏の力がなければ傷をつけることすらできないだろう。


「その考え、ボダルに読まれているんじゃないかな?」


 出会った直後の一戦で実力を見極められている可能性が高い。もしそうなら里香がどのような作戦を考えるかなんて、鬼族の頭でも容易に想像つく。


 ただでさえ相手の方が強いのだから、考えを読まれていたら絶対に勝てない。ボダルの想像を超える何かが必要だ。


「他に何があるの? 正人さんを呼ぶ?」


「そうしたいけど……さっきの爆発で通信機器は壊れちゃった。ちょと難しそう」


 言いながら冷夏は周囲を見る。体の一部が吹き飛んでいる死体が転がっていて無事な物を探すのは難しい。少なくとも時間はかかる。見つかる前にボダルが船への攻撃を終えてしまうだろう。


 通信が出来ないのであれば山田に助けを求めることすら不可能だ。


 戦力はたったの三人。他は使い物にならない。


「考えが読まれていたとしても、やるっきゃないってことだね」


 腕を伸ばしてたヒナタはレイピアを構えた。考えても答えが出ないのであれば、最初の計画で動くしかないと割り切ったのである。


「そういうこと、だね」


 覚悟を決めた里香は、冷夏に一つお願いをしてから片手剣を構えて同時に飛び出した。少し遅れてヒナタも続く。


 残った冷夏は周囲を見る。まだ息のある探索者たちもいた。


 逃げ出せば彼らは間違いなく殺される。


 足手まといで役にたたなかなかったが、だからといって見捨てて良いとは思わない。


 ボダルとの戦いを始めた二人の姿を見てから冷夏は旅館の中へ入る。


 腐臭がして顔が歪んだ。

 床には人の骨や肉が落ちている。


 鬼族の食べ残しだ。


 人間を食料や家畜としか見ない相手に対話による和平を結ぶことは難しい。特に相手が侵略しようと息巻いているのだから、徹底抗戦を選んだ探索協会や政府の判断は正しかったと言えるだろう。


 冷夏は袖で鼻と口を押さえながら二階へ上がっていく。裏側の窓を開けると『身体能力強化』のスキルを発動させて跳躍し、右手で屋根を掴む。さらに壁を足で蹴り、回転しながら上昇すると屋根の上に乗った。


 ほふく前進しながら里香たちが見える場所まで移動する。


 ボダルの攻撃を避けながら後ろに下がっていた。積極的に攻撃はしていない。


 防御に専念していることもあって対等に戦えているよう見えるが、一瞬でも気が抜けない状況であるため長くは持たないだろう。


「どうした!? 攻撃しないと俺は殺せないぞ!」


 叫びながらボダルが里香を蹴った。腕で防いだものの骨が折れてしまい吹き飛ばされる。即座に『自己回復』で負傷した部分を治したが、首を掴まれてしまった。


 このままでは骨を折られてしまう。背後に回ったヒナタは急所を狙ってレイピアを突き出そうとすると、ボダルは振り返りながら里香を投げつける。


 受け止めれば二人とも動きが止まってしまうため、心の中で謝罪しながら横にずれて回避した。


 刀身が淡く光るレイピアがボダルの目に向かう。


 ――障壁。


 薄い膜によって阻まれてしまった。切っ先が止まる。


「負けないんだからっっっっ!!」


 顔を赤くさせながら全身の筋肉を総動員して突き出す力を強化すると、『障壁』の膜に少しばかりヒビが入った。


「ほぅ」


 ボダルは感心するような声を出した。


 鬼族が好む真っ向からの勝負、しかも力によるごり押しだ。邪魔をするのは無粋だろうと考え、ヒナタがどこまでやるか見守っているとヒビが大きくなっていく。魔力によって『障壁』の膜を修復しているが間に合わない。


 十秒近い拮抗が続いてから、パリンと割れる。


 ――念話(限定)。


『お姉ちゃん! いまだよ!』


 スキルを使いながら突き出していたレイピアは、ボダルが片手で掴む。手から血は流れ落ちているが軽傷である。


「よくぞ打ち破った。褒美をやる。戦士ととして扱ってやろう」


 それは食料としてあつかわないという宣言であり、尊厳ぐらいは守って殺してやるという人間に対する最大限の評価だ。


 ボダルは殴りつけるために左腕を振り上げると、周囲が暗くなったので顔を上げる。


 旅館の屋根から勢いをつけて飛び出した冷夏の姿があった。


 薙刀を前に出していて、敵の顔を狙っている。


 今度はヒナタを投げつけようとしたボダルだが、右手から刀身を掴んでいる感触が消失した。『縮地』のスキルを使って後ろに下がったのだ。


「弱者のくせに存外楽しませてくれるっ!」


 回避なんてことは考えていない。ボダルは腰を落とすと構えをとり、タイミングを合わせて拳を突き出した。


 薙刀と衝突する。


 重力の助けもあって冷夏の方が優勢だ。


 ボダルの腕は半ばほどまで裂けてしまった。


 だが命を奪うほどではない。


「惜しかったな」


 腕の筋肉に埋もれてしまい、刀身が抜けず動けない冷夏を殴りつけようとしてた。

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