第274話 同じ攻撃が通じると思うなよ
「俺は族長のボダルだ。お前たちは?」
温泉から出てきた鬼が名乗った。目の前にいる人間を脅威だと感じておらず、自然体でいる。
「私は里香。貴方たちを倒しに来た」
折れそうになった心を奮い立たせるために目的まで告げた。
「同じくアナタを倒す冷夏」
「ヒナタだよー!」
双子も続いて名乗るとボダルは肩をふるわせて笑い出す。
「仲間が次々と死んでいるのに戦意は衰えないか! すばらしい! 小娘と思って侮ると痛い目にあうかもしれないな」
牙をむき出しにして笑い、目が鋭くなった。離れているのに攻撃されてしまったと錯覚するほどの殺気を放っている。
三人は体が震えそうになってしまったが、意思の力で何とか抑える。それぞれ武器を構えた。
「行くぞ」
ボダルの姿が消えると里香の背後に回った。
――身体能力強化。
――怪力。
――槍術。
様子見なんてしない。近くにいる冷夏は初手から全力を出して薙刀を突き出した。
攻撃を中断してボダルは両手で刃の左右を挟んだ。動きが取れない隙を狙って、里香が『剣術』をヒナタが『細剣術』を使いながら腹に刀身を突き刺す。皮膚は貫けたが硬質な筋肉によって奥に進まない。
「この程度――」
話しかけているボダルの口に里香は『エネルギーボルト』を叩き込んだ。
強靭な肉体を持つ鬼族とはいえ、さすがに今の攻撃は効き目があった。後ろによろめいて薙刀の刃を放してしまう。
「たぁっ!」
声を出しながら全力で薙刀を突き出す。狙いは筋肉が最も少ない場所、股間であった!
全裸で温泉に入っていたためむき出しになっており、非常に狙いやすい的だ。
――障壁。
薙刀が当たる前にボダルの周囲に薄い膜が出現した。刃が当たるとヒビを入れたが、冷夏は攻撃を中断して後ろに下がると目の前で拳が止まった。
あのまま進んでいたら頭を殴られていただろう。鬼族の驚異的な筋力であれば、首の骨が耐えきれずに折れていたはず。一歩間違えれば死ぬところであった。
――剣術。
里香は振り返りながら片手剣を横に振るう。
拳を振り切って動きが止まったボダルの脇腹に当たるが、筋肉で受け止められてしまった。僅かに血が流れるだけでダメージは与えられない。
純粋なパワーが足りないのだ。
「この程度の力しかないのか?」
ボダルが大きく息を吸った。
一斉に里香たちは離れる。
――咆吼。
衝撃波を伴う声が周囲を襲い、旅館の窓ガラスは割れて建物は大きく揺れていた。
近くにいた三人は吹き飛ばされて旅館の壁に叩きつけられて意識を失って地面に倒れてしまう。
鬼族と戦っている探索者は衝撃に耐えるため動きが止まった。
「―――――――!!」
好機だと感じた鬼族が動きの止まった人を金棒で殴りつける。避けることも逃げることも出来ず、次々と殺されていく。半数は殺されてしまって鬼族とほぼ同数になってしまう。
このままでは探索者側が不利だ。
『助けてくれ! 援護をたのむ!!』
倒れている里香の代わりにて探索者の一人がイヤホンマイクを使って、山田に助けを求めた。
近くにドローンを待機させて映像を映していることもあって、情報が足りないメッセージでも何を求めているか分かった。
『島民はどうなっている?』
『全滅だ! 気にする必要なんてねぇ! だから早く――ぐぁっ』
通信をしていると途中で金棒に叩きつけられ、頭が吹き飛んで消えた。
里香たちは気を失ったまま。頼るべき正人は別行動をしている。
好都合だ。
口角が僅かに上がると、山田は砲撃の指示を出した。
船に取り付けられた砲台からロケットが次々と発射される。魔石を原動力として空中を飛び、温泉のエリアに着弾すると小規模な爆発が起こった。
ボダルは『障壁』スキルによって身を守っているので無傷ではあるが、多くの鬼族は頭や腕、体が吹き飛んでいって倒されていく。多くの鬼族は再起できないほどの重傷を負ったのだ。
当然、近くにいた探索者も無事ではない。
鬼族以上に砲撃の被害を受けてしまって生き残りは十数人ぐらいしかない。それも無傷とはいかないので、まともに戦える状態ではなかった。
「どうして俺たちまで……」
なぜ味方までも巻き込んで攻撃をしたのか分からないまま、生き残った探索者は呆然とした表情でつぶやいた。
当然のように答えは返ってこない。その代わりに二回目のミサイルが発射された。
数は十ほど。山田は鬼族と探索者をまとめて倒すつもりだ。
「同じ攻撃が通じると思うなよ」
地面には鬼族が持っていた金棒が落ちている。ボダルは拾い上げると体をひねって力を溜めてから投擲した。急上昇すると狙い通りにミサイルにあたり、上空で爆発する。
さらに次々と金棒が投擲されると、すべてのミサイルが迎撃されてしまった。
船からの攻撃は三回目、四回目まで続いたが、金棒の投擲によってすべて防いでしまい、攻撃は失敗してしまう。
「一体何が起こったの?」
ようやく意識を取り戻した里香は、悲惨な光景を目にして愕然としていた。
至る所に小規模なクレータが発生していて、鬼族や人間の死体が転がっている。肉の焼けるような臭いが充満していて気分が悪くなる。
「うぷっ」
吐き気がして口を手で押さえる。地獄のような状況に精神の限界は近い。
それでもボダルの意識が海の方へ向いている間に準備をする必要がある。里香は気力を振り絞って倒れたままの冷夏とヒナタの背をさする。
「うっ、ん」
小さい声を上げて二人は目を覚ます。
前方を見て里香と同じように驚き、気分が悪くなった。
「なんでこんな状況に?」
「私も目覚めたばかりだからわからないけど、ボダルが海の方を見ているから……あっちの方から攻撃があったのかも」
「ってことは船の援護攻撃? 味方ごと巻き込んで鬼族と殺そうとしたんだ」
ぎりっと歯から音が鳴るほど、冷夏は強くかみしめた。
結局、上層部にとって探索者は使い捨ての道具、消耗品でしかないと改めて思い知らされたからだ。
地上にモンスターが跋扈しても体質が分からないことへの絶望感は強く、冷夏だけでなく里香までもユーリの考えに賛同する気持ちが強くなった。
「逃げちゃう?」
冗談っぽく言ったヒナタだが本心である。
「それはダメ。正人さんがワタシを信じて任せてくれたんだから絶対に逃げない」
勝てそうにない敵と信用できない味方に囲まれた今、継続戦闘なんて不可能だ。撤退を選んでも不思議ではない状況であるが里香は否定した。
近くに転がっていた片手剣を拾うと立ち上がる。
心は折れていない。勝てない相手に立ち向かおうとしていた。
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