第273話 みんな助けられたはずじゃないの……

「――――――――」


 ボゥドは喋ったが正人は聞き取れなかった。


 魔力爆発の攻撃を受けた際、首につけた翻訳用の魔道具が故障してしまったのだ。


 イヤリングの方は正常に稼働しているため聞き取りはできる。


「――――」


 言葉が通じないまま口を動かし続けていたが、正人が何も反応しないことに気づく。


 最後に残った気力を振り絞って、勝者への褒美として語っていたことがすべて無意味だったのだ。急に力が抜けてしまい、ボゥドは答えるのを諦めてしまった。


 その代わりにある一点を指さす。


 島の中心にある天上山だ。標高は約五百七十一メートルほど。トレッキングとして人気のコースである。


「何があるんだ?」


 腕から力が抜けて腕が地面に落ちた。


 ヒントだけを残してボゥドは力尽きたのだ。


 これから里香たちを追うか、それとも天上山に向かうか正人が悩んでいると全身が熱くなった。筋肉が膨張して骨が軋む。激しい痛みが襲ってきて、『苦痛耐性』をもってしてもきつい。力が抜けて膝をついてしまった。


 これはレベルアップの兆候だ。

 作戦中だというのにタイミングが悪い。


 四度目ではあるが慣れることはない。痛みによってスキルの発動や声を出すことさえ難しい。動くなんてもってのほかだ。


 レベルアップが終わるまでじっと待つしかない。


 その間に里香たちは島の奥へ進んでしまい、鬼族との戦いを始めていた。


◇ ◇ ◇


 正人がレベルアップで動けない頃、里香たちは温泉付近に来ていた。他の探索者たちも同行していて周囲に敵がいないか調べが始まっている。


 ここに来るまで何度か鬼族とは戦っているが人間は見かけていない。


 海で停泊している間に別同部隊が救出したのだろうと思い気にしてなかったのだが、近くにある旅館を見て考えが甘かったことに気づく。


「どうして…………みんな助けられたはずじゃないの……」


 里香が旅館を見上げながら力なく呟いた。


 住民だった人間たちが窓から吊るされていたのだ。人間の尊厳を無視した行いに、悲しみから怒りが湧き出してくる。


 だがこれは里香たちが勝手に感じていることで、鬼族にとっては普通のことだ。食事用の肉を外で干しているだけに過ぎない。この価値観の違いが相容れない存在だと物語っていた。


「別同部隊は失敗したの!?」


 倒れそうになった里香を支えた冷夏は、この場にいない部隊に怒りをぶつけたが、そんなことをしても何かが変わることはない。むしろ早く動かないことで状況は悪化していく。


「うぁぁぁ!! くるなぁ!!!!」


 叫び声と共に銃声が聞こえた。温泉がある方だ。


 里香、冷夏、ヒナタの三人が駆けつける。


 岩場から見下ろすと温泉の水が真っ赤になっていた。頭や体、腕を千切られた探索者の死体がいくつも浮かんでいる。悲惨な光景だというのに鬼族は湯につかり、たった一人で酒を飲んでいた。


「また、エサがきたか」


 酒を飲んでいた鬼族が立ち上がった。


 ボゥドよりも身長は高く、また筋肉も付いている。肌の色は人間に近いが頭に付いた一本の角が別の種族だと主張していた。


「撃って!!」


 里香の命令によって同行している数十の探索者がトリガーを引いた。無数の銃弾が叩きつけられるが皮膚は貫けない。少し赤くなった程度で終わってしまう。


 その光景を信じたくない探索者たちは、攻撃は止めずに銃を撃ち続けて弾切れになってしまった。


「なんなんだよ。こいつ……」


 何度か戦った鬼族に銃弾は効いて殺すことはできた。だが目の前の敵は傷一つすらつけられない。圧倒的な力の差に探索者は怯えていた。


「次は俺たちの番だ」


 手を上げると隠れていた鬼族が探索者の背後に現れる。どれも金属製の鎧を着ていて手には金棒がある。雑に使っても強い破壊力が出せるので、鬼族お気に入りの武器だ。


「――――!!」


 翻訳の魔道具を支給されず現地の言語を覚えていない鬼族は、人間には理解できない言葉で一斉に叫んだ。


 何を考えているかわからないからこそ、恐怖がさらに高まっていく。


 船に戻らなければ銃弾の補給はできない。覚えたスキルと接近戦の技術で危機を乗り越えなければいけないのだが、即席で用意された探索者たちにそのようなものは持ち合わせていない。素人より少しマシ程度の技術と経験で戦闘に特化した鬼族と戦わなければならないのだ。


 その結果がどうなるかは、すぐにわかる。


 逃げるか、降参するか、だ。


 探索者たちは銃を捨てて戦うことを放棄してしまった。


 人間同士の戦いであれば捕虜として扱われたかもしれないが、今回は別種族による侵略戦争だ。そのような慈悲は与えられない。


 鬼族たちは無抵抗な探索者たちの虐殺を始めた。


 悲鳴が聞こえ、味方の心をくじく。


 抵抗は出来ずに次々と肉塊に変えられてしまう。里香たちは助けに行きたいのだが、温泉につかっている鬼族を警戒して動けない。


 裸のまま素手で近づいているのだ。


 三人は魔力視を使って鬼の魔力を見ると、今まで出会ったモンスターの中で最も多かった。ダンジョンのボス以上であり、全力を出してでも勝てるかわからない敵であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る