第101話今日もちゃんと稼げたようね

 正人のマンションで晩ご飯を食べ終わった双子の姉妹は、車で送ってもらい家に帰った。


 ドアを開けて玄関に入る。探索に使っている重い装備を部屋に置いてからリビングに入ると、一人の女性が待っていた。


「お帰りなさい」


 冷夏とヒナタに声をかけたのは、六十過ぎの老婆だ。

 直接の両親ではない。血縁で言えば叔母である。


「今日もいっぱい稼いだのかしら?」

「はい。今回のお金です」


 二人分の売上になる十万を手渡した。


「今日もちゃんと稼げたようね」


 七瀬家はお金に困っているわけではないが、叔母が老後を心配して今から二人にお金を稼がせているのだ。


 大学を卒業して一般企業に就職といった方法だと、稼げるお金は少ない。人生百五十年時代と言われている今、老後の時間は長い。


 子供のお金で裕福な生活をしたいと願う彼女は、冷夏とヒナタをハイリスクだがハイリータンが見込める探索者にさせたのだった。


 そう聞くと無慈悲な叔母に聞こえるかもしれないが、一応は最低限の支援はしている。先輩探索者の元で修行させたり高級な装備を購入する代金を立て替えたりはしていたのだ。


 言葉通り建て替えとなっているので、利子はないものの返さなければいけない。

 二人は今日のように、探索で稼いだお金を叔母に渡していたのだった。


「はい。もうすぐ十階層のボスに挑戦します」

「順調ね。優秀な探索者に育ってくれて嬉しいわ。正人さん、でしたっけ? 保護者として今度ご挨拶しようかしら」

「正人さんは忙しいから、逆に迷惑になってしまいます!」


 冷夏はとっさに叔母の提案を否定した。

 恥とまでは思っていないが、それでも身内からお金を借りて探索者を続けるなんて知られたくないのだ。特に正人には不要な心配はかけたくないため、絶対に教えたくない。そういった気持ちが冷夏には強くある。


 また別の問題として、優秀な探索者である正人に叔母が近寄ればお金の無心をするのではないかといった心配がある。優しさにつけ込んで色々と無理な要求をすることは、冷夏やヒナタからすると容易に想像できた。


「でもねぇ……」

「これから装備の点検をしなきゃ行けないんだ! お姉ちゃん行こッ!!」


 まだ粘ろうとした叔母の言葉を遮ってヒナタが冷夏の手を取った。強引にこの場から立ち去ろうとするが叔母は諦めない。


 冷夏の空いているもう一方の手を掴む。


「え、ちょっと待って。ご挨拶の日程だけでも連絡できないかしら」


 距離が近づいたことで叔母の顔がよく見える。目は欲望によって濁っていて笑顔も下品だ。楽してお金を手に入れることしか考えていないと、二人は理解した。


(この人を正人さんに会わせたらダメだ!)


 今までは漠然としていた気持ちだったが今この瞬間、冷夏は強く決意した。


「ご迷惑になるのでできません」

「なッ!?」


 今まで従順だった冷夏が突然、反抗的になって叔母は絶句した。強引に押せば最後は折れると思っていたため想定外のできごとだ。


 馬鹿にされたと勘違いして怒りによって顔が赤くなる。


「これは冷夏ちゃんのために言っているのよ!」

「もしそう思うのでしたら、自由に活動させてください。そうすれば今までよりもっとお金を稼いできますから」


 お金というキーワードに弱い叔母は黙ってしまった。怒りも急速に収まる。それほど彼女にとって、他者がお金を稼いで貢ぐという行為は魅力的に映っているのだ。


 冷夏は女として正人を意識している。だから自分に会わせたくない。そんな思い違いとも言えない歪んだ結論に達した叔母は、冷夏の手を離した。


「いい子ね。ボスを倒した時に手に入ったお金は全部渡すのよ?」

「もちろんです。お世話になった叔母様への感謝の気持ちですから」


 不信に思われないように笑顔を崩さず、心にもないことを冷夏が言い切った。

 今までの態度から嘘はつかないと信じ切った叔母は手を離す。


「わかったわ。楽しみにしているわね」


 二人に興味を失った叔母はスマホを取り出すと、動画を見始める。若く綺麗な男性が歌を熱唱している。先ほどとはまた別の欲望にまみれた目で画面をじっと見つめていたのだった。


「お姉ちゃん。行こう」

「……うん」


 また絡まれても面倒なだけ。二人は静かにリビングから立ち去って二階に上がる。


 部屋に戻ると冷夏はうつ伏せになりヒナタは仰向けになって、それぞれのベッドに横たわる。


 叔母との会話で疲れていたため無言だったが、しばらくしてヒナタが顔を横に向けて口を開く。


「ねえ、お姉ちゃん」


 声に反応して冷夏も顔を横に向けてヒナタを見た。


「何?」

「みんなで食べるご飯、美味しかったね」

「うん」

「もっと自由になりたいね」

「うん」


 今の状態になる前に、当然だが冷夏とヒナタにも両親はいた。だが幸せな生活は長くは続かず離婚してしまい、さらに姉妹を叔母に預けるという暴挙に出たのだ。


 幸せだった記憶がある分、落差が大きく心に大きな隙が出来てしまう。そこを叔母に狙われて探索者デビューまで言葉巧みに誘導されてしまったのだ。


 正人と出会えたので探索者になったことは冷夏やヒナタは後悔していないが、叔母の重圧からは逃れたいとずっと感じており、順調にお金が稼げるようになってからは、その思いがさらに強くなっている。


 自分の人生を自分のためだけに使いたい。

 二人の願いは簡単なようで難しかった。


「そんだけ。お休み」

「お休み」


 何もする気が起きない。

 風呂に入らず制服を来たまま二人は同時に眠りにつく。

 せめて夢の中だけでも幸せな生活を体験したい。そんなことを願っていた。


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