第100話兄さん、今日はどうだった?

 沖縄で探索協会の依頼を達成した正人たちは、東京に戻ると変わらない日常を過ごしていた。


 東京ダンジョンで探索を進めて夜になって帰宅する。そんな毎日だ。

 冷夏やヒナタは学校もあるので午後から探索に参加するといった方法をとっているが、休日は東京ダンジョンに泊まりがけで探索をしている。


 一つ変わった点としては、神宮家の兄弟と一緒に里香や冷夏、ヒナタも晩御飯を一緒にとる機会が増えたことだろう。男ばかりの家に女性が毎日訪れるようになり、神宮家は一気に華やかになった。


 今日もダンジョン探索から戻った正人たちが神宮家のマンションに戻ると、全員でテーブルを囲んで少し遅めの晩御飯が始まる。


「兄さん、今日はどうだった?」


 神宮家の次男、春が正人に探索の成果を聞いた。

 今日が特別というわけではなく毎日繰り返されている日常の一コマだ。


「予定通りかな。今週の土日から九階層で探索する予定だよ」


 十階層のボスがアイアンアントクイーンということもあって、九階層には昆虫型のモンスターが出現する。


 特にアイアンアントと呼ばれる一メートル前後の巨大な蟻は、アイアンアントクイーンの取り巻きとして十階層のボス部屋にも出現するので、今のうちから戦い慣れておく必要がある。


 アイアンアントは固い外殻を持ち、強靭な大顎でダンジョン鉄を容易にかみ砕く恐ろしいモンスターで、今の正人たちでも油断は出来ない相手だ。


「それが終わったらボス戦だよね。大丈夫なの?」


 春の心配はボスとの戦いにある。

 今更、普通のモンスターに正人たちが殺されると思ってはいないが、ボスは別だ。特殊個体でなければ最悪逃げ出せるが、それはパーティーが全滅しないだけで被害がゼロということにはならない。誰かが殺されてしまう可能性は十分にあるのだ。


「春の兄貴は心配性だな! 正人の兄貴がしくじるわけねぇだろ」

「烈火、過信は禁物だよ。一瞬の油断が事故につながるんだから」

「うっせぇな。そのぐらいわかってるって!」

「いや、わかってないでしょ……里香さんからも何か言ってもらえません?」


 脳天気な発言をした烈火に注意した春だったが、家族では効果がないとわかると話題を振ったのだった。


「ふへ、ワタシですか?」


 正人の手料理を食べることに集中していた里香は、トンカツを口に入れながら返事をした。急いでモグモグと口を動かして肉を飲み込む。


「そうですねぇ。十階層のボスは強いのでちゃんと準備しないと負けちゃいます。だよね? 冷夏ちゃん」

「うん。最低でも全員レベル二は必要だし、正人さんがいるからといって油断できる相手ではありません。むしろ逆で、しっかりと昆虫型のモンスターと戦い慣れる必要があります」


 ゴブリンやオーク、オーガといった人型のモンスターは行動が予測しやすい。所有しているスキルも人間が使えるものが多いので、初見の相手でもある程度予測はつけられる。だが、体の構造が大きく違う昆虫は違う。


 尻から高熱のガスを噴射する場合もあれば、鱗粉で人を惑わすこともある。さらに大蜘蛛のように半壊しても消滅しないしぶとさも持ち合わせているので、昆虫型のモンスターとの戦いになれていないと、手痛い反撃を受けてしまうことも珍しくない。攻撃パターンを覚えておく必要があるのだ。


「だってー! 烈火君、わかってくれたかな?」

「ぐぬぬぬ……」


 正論をたたきつけられてしまい、烈火は反論できなかった。春のどや顔がイラつくが、ここで悪態をついてしまえば、さらなる反撃によって窮地に追い込まれてしまう。里香と冷夏も今は敵だ。勝てる見込みはないことぐらい烈火でもわかる。


「まあまあ、その程度にしておいてもらえるかな?」

「「はーい!」」


 三対一の状況を見かねた正人が仲裁に入ると、里香と冷夏は仲良く返事をして食事を再開した。里香はともかく冷夏まで嬉しそうに返事をしたことに春は違和感を覚えたが、指摘することはなかった。


 恋愛といった感情に他人が土足で踏み込むことなどしてはいけない。当人たち同士で解決するべきだろうと考えての行動だった。


「で、春の質問に答えると、ちゃんと準備すれば勝てるよ。安心して欲しい」


 探索者としての経験を着実に積み上げた正人は、アイアンアントクイーンと戦っても勝てる自信を持っていた。即死さえしなければどんな状態からも復活できる復元のスキルを持っていることもあって、特殊個体が出たとしても切り抜けられるだろうと考えている。


 それでも時間をかけて九階層を探索する計画を立てているのは、復元のスキルが使えない状況を想定してでのことだった。


「そっか、兄さんが言うなら安心だね」


 慎重な正人が勝てると断言したのだ。春は疑うことなどなく納得した。


「九階層は徹底的に探索しよう。ボスに挑むのはもう少し先になるかな」

「でもーでもー、早く他の階層にもいきたいなー!」


 正人の計画に不満を漏らしたのはヒナタだった。昆虫が生理的に受け入れられない彼女にとって、九階層や十階層に出現するモンスターは悪夢でしかない。繰り返して戦いたい相手ではないのだ。


 さらに不満を言おうとしたヒナタだったが、冷夏に睨まれてしまい口を閉じる。それ以上は言わずに口を尖らせて不満ですとアピールするだけにとどめる。


「昆虫が苦手なのはわかるけど、安全のためにしばらくは我慢してもらえると嬉しいな」

「はーい!」


 姉の不興を買ってまで文句を言い続けるつもりのないヒナタは、正人の言葉に返事をしてから食事を再開するのだった。


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