第118話だー! 壊れたーーーッ!!
東京ダンジョンに併設された買取所から出た正人は、駐車場にまで移動するとミニバンに乗り込む。運転席には正人、助手席には里香が座っている。二列目のシートには探索に使った武具や道具が乱雑に置かれており、三列目のシートに冷夏とヒナタが仲良く座っていた。
ブレーキを踏みながらエンジンのボタンを押して車を出発させる。
途中、ブルブルとスマホが震えたが運転中なので無視した。
三連休の最終日ということもあって道はやや混んでいる。正人は眠くなり始めた脳を活性化させるために、隣に座る里香に話し出す。選んだ話題は九階層についてだ。
「補給所は便利だけど危険な場所だったね」
「まさか私たちが嫉妬される立場になるとは思いませんでした。そんなことするぐらいなら、毎日ダンジョンに潜ってモンスターと戦って技術を高めればいいのに。怠け者のくせに嫉妬なんてしないでほしいです」
里香のストイックな考え方に正人は苦笑した。
「まあ言いたいことはわかるけど、それ以上言ったら同類になってしまうよ」
考えが合わないからと相手を見下してしまえば、それは正人が指摘する通り同類、同レベルといってもいい。
九階層にとどまっているような探索者とは違う。それだけで十分だ。見下すのではなく、関わらずに先に進んで己が正しいことを証明すればよい。
「私たちは自分の信じた道を進もう」
「正人さんの言うとおりですね。そうします」
「うん。それがいいよ」
前の車が赤信号で止まったので、正人はゆっくりとブレーキを踏んで停車する。
先ほど着信があったスマホの画面を見ると、ユーリから連絡があったことに気づく。通知の内容は『沖縄で見つけた謎のポーションだが、調べても効果は不明だった。これ以上の調査……』と、途中で切れていた。
これ以上のテキストを読むのであれば、ロック画面を解除しなければならないが、前の車が動き始めたのでスマホを放り投げて中断した。
「ユーリさんから連絡がきたんだけど、この前見つけたポーションは調べてもわからなかったみたい」
「ああ、アレですね。私たちは興味ありませんし、正人さんにまるっとお任せしちゃいます」
沖縄ダンジョンから地上に戻る途中、里香は双子にポーションを発見したことを伝えていた。
ユーリとの取引の話を聞くと、三人の意見は一致し、処分は正人に任せると決まる。以降、記憶にすら残っていない出来事と化していた。
「了解。もろもろ決まったら報告するね」
「お願いします」
その後もしばらく二人は探索について会話を続けていると、七瀬家の近くに到着した。いつも通り、車通りの少ない道に入って停車する。
カチカチとハザードランプが音を立てながら点滅し、正人と里香が話している間に荷物を持った双子は車を降りた。
「お世話になりました。また来週末お願いします」
「またねー!」
いつも通りの挨拶をしてから双子は去って行く。
正人は車を発信させて里香が住んでいるマンションの近くで降ろす。一人になると家に帰るのだった。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
ドアを開けて玄関に入る。靴を脱いで廊下を歩きリビングににつくと、烈火の叫び声が聞こえた。
「だー! 壊れたーーーッ!!」
二泊三日のダンジョン探索が終わって帰ってきた途端、不吉な言葉を聞いてしまう。
視線を声がした方に向けると、烈火と春がダイニングテーブルに置かれたノートPCを囲んでいた。
正人が帰ったことに気づいた烈火は、助けが来たと言わんばかりの勢いで立ち上がると、大股で歩きながら近づく。
「正人の兄貴! パソコンが壊れた!! 青い画面のまま動かねぇッ!!」
「顔が近いって」
手を前に出して烈火を突き放すと、正人は春を見た。
「どうなの?」
機械音痴の烈火より春の方が状況を詳しく説明できるだろう。そんな期待を込めていた。
「ダメだね。十年は使っているパソコンだし寿命だと思う」
「そっか……」
春の返事を聞きながらリビングに入る。探索用の荷物をフローリングに置くと、正人もノートパソコンを触った。
カタカタカタ、ポチ、ポチとパソコンを操作する音だけが部屋に響き渡る。弟の二人はそんな姿をただ黙って見つめているだけだ。何もできない。
「うん。これはダメだ」
すぐに結論を出した正人の声を聞いて、烈火が期待を込めた目をしている。
おねだりするときにしている仕草だ。
「だよなー! 壊れちまった! 正人の兄貴、どうする?」
パソコンを持っていない家庭はない。動画の視聴や買い物だけでなく、調べ物やレポートの作成など勉強にも使う。壊れたまま放置というわけにはいかないだろう。
「新しいのを買おう。丁度、臨時収入があったからスペックが高いのを選ぼうか」
「やったぜーーー!!」
夜だというのに飛び跳ねながら烈火は喜んだ。
ずっとスペックの低いパソコンを使っていたので、嬉しさがあふれ出してしまったのである。当然、そんな奇行を正人が許すはずがない。
「うるさいって。近所迷惑になるよ」
「ご、ごめん……」
ばつが悪そうに頭をかきながら烈火が謝ったが、顔は嬉しそうにしたまま。
これ以上言っても本人は反省しないだろう。
正人は、ふぅと息を吐いて色々と諦めた。
「週末は探索があるから平日の夜に買いに行こうと思うんだけど、二人はいつがいい?」
「僕は火曜日なら空いているよ」
「春の兄貴と同じく、火曜ならいけるぜ!」
「じゃあ、火曜日の夕方にショッピングモールに行ってパソコンを買おう。ついでに晩ご飯を食べるから」
「よっしゃぁあああ!!」
再び烈火が大声を出したので春に頭を叩かれた。
「春の兄貴、いてぇよ……」
「嬉しいのはわかるけど、今は夜だからね」
と、注意した春だが、嬉しい気持ちは抑え切れていない。笑みを浮かべていた。
そんな二人を見て、正人はお金を稼げるようになって良かったと改めて思う。
自由に生きるために、そしてこの生活を守るために、これからも頑張ろうと心に誓うのであった。
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