第94話しつこい野郎だ!!
「ちっ」
スキルを使い終わったハリーが舌打ちをした。
一人か二人、戦闘不能にできると思っていたのだが、結果は全員無事。思惑が外れた上に一転して
半透明の盾を消した正人が飛び出す。接近される前にハリーは透明化のスキルを使って逃げようとするが、ユーリが投げた短槍が迫ってきたので、中断して回避する。
その僅かな時間で懐に入られてしまった。
迫り来る二本のナイフを必死に避けるハリーだが、技術は正人の方が上回っている。生け捕りにする必要がなければ、すでに死んでいるほどの差があった。
『しつこい野郎だ!!』
いくつものかすり傷を作り、苛立ったハリーが叫んだ。手に持ったハンマーを振るうには距離が近すぎるため、そのぐらいしかできないのだ。
里香と冷夏は後ろに回り込み、左右にはヒナタとユーリが立っている。逃げ場はなく、追い詰められてしまった。
正人は後ろに下がって距離を取る。
「降参して下さい!」
苦々しい顔を浮かべたハリーは、達観したような目をする。
諦めにもいているが、少し違う。
生死を賭けた勝負に出る覚悟が出来たのだ。
警告を無視してハンマーを構える。囲んでいた正人たちはスキルがくると警戒して動きが止まる。その隙にハリーはハンマーを振り上げると同時に柄から手を放した。ハンマーはクルクルと回りながら、上昇して天井に突き刺さる。
そこは、先ほど正人が発見した天井のトラップがある場所だった。
「罠が発動します!!」
正人が周囲に向かって叫ぶと、全員が上を向く。ピシッと乾いた音が鳴って、ヒビが入り、次の瞬間には天井が崩れる。
人の大きさ以上もある岩が落下してきた。
当たらないように、それぞれが必死になって避ける。無事に切り抜けるのに必死で、取り囲んでいたハリーを見る余裕などない。
『潰されて死ねッ!!』
ハンマーを投げてすぐに逃げ出していたハリーは、全力疾走しながら捨て台詞を吐く。岩が落下するより先に通路に逃げられる距離だ。反応が遅れて落盤に巻き込まれる正人たちを見て、勝利を確信していた。
「二度は逃がさない」
逃走に使おうとしていた通路をふさぐようにして、川戸が立っていた。一緒にいた美都は後ろで小さく手を振っている。まるで、逃げ損なったことを馬鹿にしているような仕草に、ハリーは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
『ファック! 生まれたことを後悔させてやるッ!!』
落盤、そして探索者から逃げるためには、目の前の二人を倒すしかない。
ハリーが殴りかかってくると、川戸は右足を引いて体を縦にして避ける。それと同時に、手のひらで近づいた顎を打ち抜く。ハリーは脳を揺さぶられてしまい、膝から力が抜けて倒れてしまった。
対人戦のスペシャリストである川戸は、武器やスキルを使わなくとも、レベルアップで強化された肉体一つあれば、人を無効化する技術を持っている。体格や体の構造が違うモンスターには、あまり効果は発揮しないのだが、同族であればハリーのようにあっさりと負けてしまう場合もあるのだ。
『な、なにを……しやが……たッ』
ぐるぐると視界が回り、思うように体が動かせない。言葉しか発せないハリーに川戸が近づくと、思いっきり肩を踏み抜く。パキっと骨が折れる乾いた音が二回鳴り響き、両肩を粉砕した。
『イタァァァアアアア!!』
痛みに耐えられず、ハリーは体を丸める。敵を前にして隙だらけの姿をさらしてしまった。川戸は冷めた目で見ながら、背中を踏みつけて抑える。
「美都」
「分かってるわよ。お仕事の時間ね」
腕を組みコツコツと靴音を立てながら、ハリーの前にしゃがむ。脂汗が浮かんでいる額に指が触れた。
――強奪。
美都の脳内にハリーが覚えているスキルがリストアップされる。
「ヒートインパクト、透明化、粉砕のスキルを覚えているみたいね」
「健康長寿のスキルはないのか?」
探索協会が奪われたスキルカード、それが健康長寿だった。
効果は病気に一切かからず寿命が延びるという単純だが、人であれば誰もが望む効果だ。正人が覚えた物を有るべき形に戻す復元スキルも強力だが、老化には作用しない。回復のスキルでも代用は可能だ。しかし、健康長寿は代用できるスキルは存在しないので、復元よりさらに貴重なスキルと言える。
地位と金、そして名声を手に入れた権力者が、最後に求めるものが健康と長寿。その両方が手に入るスキルは、誰が使うか決まることなく、ずっと探索協会で保管されており、それをアイリスやハリーを盗み出したのだった。
「こいつは覚えてないわね。で、何を奪えば良いのかしら?」
「それなら後回しにしよう。奪うのはいつでも出来る。先にユーリたちを助け出すぞ」
戦っている間に落盤は終わっていた。
土煙が舞っているが、中に入って捜索は出来る状態だ。
「私は嫌よ」
「期待していない。コイツを逃がさないように見張っておけ」
「は~い」
川戸は最後にハリーの両足を砕いてから、口と鼻を袖で押さえ、正人たちがいた部屋へと入っていく。
大小様々な岩が散乱している。人影は見えない。だが、川戸は誰も死んでいないと確信があった。
奥に進むと、瓦礫の下から人の声が聞こえる。
「今、助ける」
川戸が人が通れる空間を作ると、ユーリが這いずるようにして出てきた。
顔はホコリだらけになっていて、体にはいくつもの傷が出来ている。それでも動くには支障がない程度のものだ。落盤に巻き込まれたにしては軽傷だった。
「元気のようだな」
「まあな、アレに助けられた」
ユーリが見ている先には、自動浮遊盾を屋根のようにして使い、里香や冷夏、ヒナタを瓦礫から身を守っている正人がいた。
自分しか覚えていないユニークスキルを正人が使っている。その事実を目の当たりにして、川戸は大きな衝撃を受けていた。
「追求するのは後だ。今は犯人を追い詰めるぞ」
立ち上がったユーリは川戸の肩に手を置いてから、落とし穴を見る。底は暗く、何も見えなかった。
下に降りる準備が必要だと考えたユーリは、アイリスの優先順位を下げた。
「あの男は捕らえたか?」
「ああ、動けないように痛めつけておいた。今は美都が監視している」
「あの女が? 大丈夫か?」
名前を聞いて顔をゆがめたユーリが疑問を口にした。
「多分な」
「ちっ」
自信のない返事にユーリは舌打ちをすると、正人たちが瓦礫から出てくるのを待ってから美都と合流するのだった。
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