第242話 雇われた探索者の姿は映ってませんよね

「どんなにお金を出しても無理なんですか? 月に200万ぐらいならだせるんですけど」

「協会と政府からの強制依頼は断れません。お金の問題じゃないんです」


 特別な理由もなく、政府からの依頼を断れば探索者の免許が剥奪されてしまう。今後二度と探索者として活動が出来なくなるので、一時的に月200万円もらったぐらいでは、割に合わないのだ。


「でもネットでは、護衛に雇っている人も見かけますよ?」

「雇われた探索者の姿は映ってませんよね」

「あ、確かに! もしかして見栄張っているだけ!?」


 探索者を雇ったということは誰にでも出来る。インターネット上で誤魔化す手段はいくらでもあり、手や服ぐらいまでなら、演出としても入れられるだろう。しかし、顔をさらすことは出来ない。


 関係者がすぐに身元調査をしてしまうので、偽物だとすぐに分かってしまうのだ。


「もし、護衛を引き受けたと言って顔を出している探索者がいたら、まっとうな存在じゃありません。絶対に近づかないでくださいね」


 テレビで流れていた豪邸襲撃事件のように、スキルを悪用した犯罪も増えている。


 正人は探索者だと偽って近づき、強盗されるといった危険性があると指摘したのだ。


「わ、わかりました」


 真剣な空気を感じ取った恵麻は、驚きながらもうなずき、スーパーに向かって歩き続ける。


 隣には正人がいて、先ほどと違って表情は柔らかい。腰に二本のナイフもあり、モンスターが出現したら守ってくれるだろう頼もしさがあった。


 実際、戦闘になったらスキルを連発して戦うことになるので、ナイフの出番はほとんどないだろうが。


「正人さんは、お暇なんですか?」


 日本最強とまで呼ばれている彼が、仕事もせずに買い物に出かけるなんておかしい。そんな疑問が恵麻に思い浮かび、思わず口に出てしまった。


「え、え!?」


 突然の暴言に戸惑い、正人は言葉を失う。


 口を半開きにしてぽかんとした表情を浮かべていた。


「あ、いえ! ごめんなさい! 変な意味ではなくてですね……探索者は忙しいと聞いたのに、なんで正人さんは私の隣にいるのかな。なんて思っただけで!」


 両手を小さく振りながら慌てて恵麻が弁解している姿を見て、正人は落ち着きを取り戻す。


 冷静になれば何を言いたかったのかすぐにわかった。


「私は普通の探索者じゃ解決できない、大きな問題が起こったときにのみ依頼が来るんです。だから普段は家でゴロゴロしているか、訓練するぐらいしかやることないんですよね」


 あえて説明までしなかったが、正人が暇なのは日本がまだ平和な証拠である。


 逆に忙しくなれば特大の危機が訪れていることになり、失敗すれば日本は破滅してしまう。まさに切り札として扱われているのだ。


「そ、そうだったんですね。でしたら、ずっと暇でいてください。お願いしますっ!」


 目の前で拝まれてしまい、正人は照れてしまう。


「そして、暇な間は、私と買い物をしてくれると嬉しいですっ!」


 少し強引ではあるが打算を感じさせないような声色だったため、正人は嫌な気分にはならなかった。


「時間が合えばいいですよ」


「やった!」


 拳を握って小さく腕を上げていた。


 恵麻は同じマンションに住んでるという縁だけで、安心して街を歩ける幸運をかみしめていた。


* * *


 五分ほど歩いて二人はスーパーに着くと、野菜や果物を見ていく。商品数は少なく鮮度は悪いのだが、価格はモンスターが出現する前に比べて高い。三倍近くはあるだろう。


 まだ野菜だから価格の上昇はこの程度で済んでいるが、加工食品や贅沢品の上がり具合は、もっと大きい。食品の購入が難しくなって、家庭菜園を始める家庭も急増しているほどだ。


 ただ野菜の苗は売ってないので種から育てる必要があり、手間と時間はかかってしまい、途中で枯らしてしまうケースもある。


「お客も減っているみたいですし、潰れないと良いですね……」


 水気のなくなったレタスを手に取った恵麻の顔は暗い。


 値段が上がって多くの人が食品を買えなくなったことにより客足が遠のき、店の経営が苦しくなっているだろうことが容易に想像が付いたからだ。


 物流も止まりがちなので、安定して入荷できないことも大きい。


 売りたくても売り物がない店も増えており、統廃合が続いている。


「ネットで商品は購入できないし、不便な世界になりましたしね」


「本当ですよ。外は危険だから出たくないのに、宅配便が止まっちゃうんですから。どうにかならないかなぁ」


「モンスター討伐が進めば元に戻ると思いますが……」


「正人さんの話を聞く限り、時間はかかりそうですね」


 探索者総出でモンスターと戦っている状況がずっと続いている。


 一年、二年で元に戻るなんて期待できるはずもなく、最悪はモンスターがいる前提で生きていかなければいけない、などと恵麻は思っているが、それは少しだけ考えが甘い。


 本当の最悪とは、モンスターによって人類が滅亡することにある。


 もしくは侵略者によって支配され、家畜のような扱いをされるか。


 一般には公開されてない危機を知っている正人は、目の前にいる恵麻に伝えることは出来ず、一人で抱え込んでいた。

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