第244話 また犯人を横取りするつもりか?
通話によってスーパーでの事件を一通り説明してから約五分ほどで、谷口が現場に到着した。車で来たとしても早すぎる。スキルで移動をしたのだ。
慌てて準備したのか、秋だというのに汗をかいている。
ハンカチで拭っていると、パトカーのサイレン音が聞こえ、警官が到着した。
正人はラオキア信者の男を取り押さえているため動けない。様子を眺めている。
「探索協会の谷口です。警察の皆様方は野次馬の対処をお願いします」
「また犯人を横取りするつもりか?」
警官の一人が苛立った声色で谷口に突っかかった。
別の組織ではあるが活動の領域がかぶることもあり、対立することが増えているのだ。特にラオキア教団については、モンスター被害を拡大させているとされていて、両組織が取り合いをしているのである。
「モンスター関連の事件限定ですが、我々にも調査や尋問をする権利があるのをご存じですよね? 情報は後ほど共有するので、身柄を渡してもらえませんか」
「それは警察の到着が間に合わなかった場合の一時的な権利で、今は我々の方が優先される。下がってろ」
「おかしいですねぇ……。ラオキア教団に限っては、現場に早く着いた方に優先権がある、といった通達があったはずですが?」
人類のために作られた組織が争い合ってよい状況ではないため、上層部が話し合って一時的な対処として決まったルールだ。正式には発表されていないが、内部には通達がいっているため谷口に反抗した警官も知っている。
独断でルールは破れない。正統性を失った警官は舌打ちをすると、仲間を引き連れて野次馬の方へ向かう。
「まだ安全が確認出来ておりません! 撮影は中止して避難してください!」
野次馬を追い払うように誘導している。不服ではあるが、仕事はキッチリとこなしていた。
警官とのやりとりで緊張し、さらに汗をかいた谷口は、またハンカチで汗を拭ってから正人の近づく。笑顔で話しかけてきた。
「いやー。お手柄ですよ。これで新しい情報が手に入るかも知れませんね!」
「身柄は協会が預かるんですか?」
「ええ、警察とは話を付けてますから。安心してください」
「分かりました。後はお願いします」
「もちろんです」
短く返事した谷口の視線が、ラオキア信者の方に向く。うつ伏せになっていて、正人に腕を押さえられてしまい動けないでいる。
彼は目を鋭くして睨んでいるが、一言も声を発しない。
無駄な行動をしない点は評価できるが、正人の生活圏でモンスターを放つような間抜けだ。言葉巧みに尋問すれば、隙を見せて重要な情報を出すだろうという確信が、谷口にはあった。
「逃げ出そうと思うなよ」
縄を取り出すと谷口は足を拘束しようとする。体を動かして逃げようとするが、オーガを素手で倒してしまう正人の前では無駄であった。
足と手をしっかりと結ばれ、さらに猿轡までされてしまう。
「現場は警察がやってくれます。我々は解散ということで。お疲れ様でした」
ラオキア信者の男を肩に担いだ谷口は、しっかりとした足取りで去って行く。
出会ったときは、どことなく頼りない雰囲気も合ったが、最近は生き生きしているようにも見える。非常に心強い担当者だと、正人は感じていた。
「あのー。買い物どうしましょう?」
騒動が落ち着いたのを見計らって、近づいてきた恵麻が声をかけた。
「警察も来ていますし、もう安全です。買い出しを続けましょうか」
人間、生きていれば腹は減る。
危険な世界になってしまったからこそ、食料は買えるときに買っておきたい。
恵麻だけではなく、正人だって同じ気持ちだ。スーパーまで来て買わずに帰る選択なんてしたくはなかった。
「助かります!」
喜んでいる恵麻と一緒にスーパーへ戻り、買い物カゴを片手に商品を選んでいく。
時折、正人は写真撮影を求められることもあったが、快く応じる。
人気商売をしているわけではないが、探索者として活動を続ける上で、好感度は高い方が良いとの思ったのだ。この判断は良い方向に動く。
日常では優しく、モンスターと戦うときは激しい。そんなギャップが多くの人を惹きつけたのである。
予定よりも時間はかかったが無事に買い物を終えると、両手に買い物袋をぶら下げながら二人は帰り道を歩く。
行きよりも少し距離が縮まった二人の会話は弾んでいた。
「オーガを素手で倒してましたけど、あれほどの力、どうやって手に入れたんですか?」
「自分よりも強いモンスターを何度も倒せばレベルアップして、ですね」
「自分よりも強いって……普通の人はレベル上がる前に死んじゃいません?」
「ええ。死んじゃいますね」
「ですよね」
簡単に死ぬと言われてしまい、恵麻は頬を引きつらせていた。
まともに見えて、一般人とは少し違う。そんな印象を受けたのだ。
「恵麻さんみたいな方は、モンスターから逃げるだけの力さえあれば良いので、レベルアップなんて不要です。安心してください」
「よかった。自衛のためにレベルアップ目指しましょうと言われたら、泣いちゃうところでした」
「流石にそこまでは言いませんが」
一呼吸置いてから正人が笑いながら言う。
「希望があれば手伝いますよ?」
冗談だと分かっているが、もしかしたらこの人本気なのかも。そう思わせるような雰囲気がある。
「あはは、その時が来たらお願いしますね」
遠回しにお断りしながらも、もし日本の状況が悪化したらお願いする日が来るかもしれないと、恵麻は思っていた。
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