第318話 ずるーーい!
建物にあった布で四人は血の跡を拭い終わると、里香は屋上に移動した。目の前に広がる砂漠を見ているがモンスターの姿は見えない。
平和そのもので気持ちに余裕が出てくると、地上にいたビッグエイプのことを思い出していた。
出現のタイミングから考えて、ダンジョンを守るために襲ってきたと考えるのが妥当だ。しばらくすれば戻ってくると思っていたからこそ、すぐに正人と合流したのである。その判断は間違いなかったと彼女自身は思っているが、鳥人族の拠点で休憩しているのに追いかけてくる気配がない。それが気になっていた。
(もし別の目的で出てきたのであれば、どこに向かったの? 札幌? だとしたら戦力不足だよね。雷は厄介だけど現代兵器が使えるなら対処できる。それは鳥人族もわかっていそうだけど……何を狙っているのかな)
仮に札幌以外の町を攻めに行ったとしても、北海道各地で避難が進んでいるので人的被害はほぼないだろう。
また自衛隊や他の探索者も活躍しているため、鳥人族の拠点であるダンジョン探索を中断する理由にはならない。
(モンスターの討伐や調査は依頼に入ってない。ビッグエイプが戻ってくるにしても、地上で暴れるために移動しても、私には関係ないか)
今やることは探索協会の依頼達成だ。ダンブルドのおかげで目的の方はある程度わかってきたので、後は戦力の把握をすれば東京に戻れる。
鬼人族のサラたちを思い出すと、里香はマンションで皆と過ごす日々が待ち遠しいなと感じていた。
「こんな所にいたんだ。何をしているの?」
声をかけてきたのは正人だ。後ろに冷夏もいる。
ヒナタは疲れたと言ってお昼寝をしているので、この場にはいなかった。
「地上で遭遇したビッグエイプのことを考えてました……ダンジョンを見つけたのは本当に偶然だったのかな?」
装甲車を運転している途中、まるで発見して欲しいといわんばかりにトロールが姿を見せた。野生のモンスターであればよくあることではあるが、鳥人族が操っていたら話は変わる。何らかの意図が含まれていると思ったのだ。
「なるほどね。里香ちゃんの考えすぎって言いたいけど、確かに私もちょっと気になるかな」
「それってどんなこと?」
「あれだけ地上にモンスターがいたら他に被害が出ていても不思議じゃないのに、そんな話は聞いたことなかったこと。隠れず徘徊しているのに、未発見のダンジョンがあるっておかしいよね」
一人でいたときは僅かな違和感であったが、冷夏の言葉によって存在感が急速に高まっていく。
最初は気にしすぎだと、二人の話を聞き流していた正人も今になると不審な点があったと思い出す。
「ダンジョンに入ったら、すぐワームに襲われたよね。今まで入り口で戦ったことあったっけ」
「少なくとも一階層ではないですね」
未発見のダンジョンだと思えばあり得るかもしれないが、この短時間で不自然な点がいくつか出てきた。偶然と片付けるには多すぎる。
「誰かが意図的にワタシたちをダンジョンに誘導した?」
里香の発言を屋上にいる二人は否定出来なかった。
「だとしたら誰が、何の目的で?」
「わかんない」
「だよねー」
友人らしい気軽い口調で話が終わると風が吹いて砂漠の砂が舞う。オアシス周辺まで視界が悪くなってきた。目を開けているのも難しく、景色を眺めるどころではなくなってきたようだ。
「中に戻ろう」
「そうします」
正人の言葉に従って、髪を押さえながら里香が立ち上がる。
地面が揺れた。
とっさに『索敵』スキルを使って周囲を確認したが、正人の脳内に赤いマーカーは浮かんでいない。だが地震は続いている。
「建物に避難しよう!」
三人は屋上から二階に戻ると振動は激しくなり建物が傾いた。
「大丈夫ーー!?」
異変に気づいて目覚めたヒナタが冷夏に抱きつく。
今にも泣きそうな顔をしている。
「うん。大丈夫。ヒナタは?」
「もちろん元気だよ!」
双子はお互いの安否を確認し合っていたが、床が大きく傾いたので体を離してヒナタは窓から外を見る。
砂が渦を巻いていて生き物のように建物や湖、木々を飲み込んでいた。
「地震じゃない! 砂漠に飲み込まれているみたい!? 外に出ても逃げられない! どうしよう!」
振り返り正人を見ると、いつもと変わらず焦っている様子は見せていない。それが三人を落ち着かせ、安心させていた。
「みんな私に触れてくれ。スキルで逃げる」
「転移を使うんですか?」
「うん。最近、複数人同時に移動できるようになったんだよ」
「すごーーい!」
最初に動いたヒナタが飛びつこうとしたので、冷夏が押しとどめる。
「子供じゃないんだから抱きつかないの」
「えー! そんなことを気にする状況じゃないよ!?」
「気にするから!」
双子が言い合っている間に、静かに動いた里香が右腕にしがみついた。
驚いた正人が何かをする前に言い訳を口にする。
「はぐれたら大変ですから」
にっこりと力強く微笑まれてしまい、何も言えなくなった。
「ずるーーい!」
空いている腕をヒナタがしがみつく。残された冷夏は掴む場所がなく立ち尽くしてしまう。
その間にも建物が沈むスピードは速まって二階の窓から砂が侵入してきた。
「冷夏さん! はやく!」
「え、はい。行きます」
肩に手を置けば良いなどと思って正人に近づいた。その瞬間、床が急に傾いてバランスを崩してしまい、体を抱きしめてしまった。
「あ、そんなつもりじゃ……」
「もっと力を入れて!」
離れようとしたら正人に怒られてしまった。里香の嫉妬がこもった視線は痛く、目を閉じてしまう。
――転移・改。
色んな感情を抱えたまま、正人は全員を魔力で包み込んでからスキルを使って建物から脱出した。
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