第208話面倒な相手だ……

「グリーンウルフをペットとして扱うトロールですか。確か、北海道ダンジョンに出てきたような」

「お、さすがプロの探索者。マイナーなモンスターも良く知っている。腕を切ったぐらいじゃ再生してしまうほどの回復力が特徴ですね」


 北海道には発見済みのダンジョンが三つある。そのうちの一つ、札幌ダンジョンの十階層のボスとして、トロールが出現する。東京と違って訪れる人が少なく、攻略情報は探索協会ぐらいにしか載っていない。


「面倒な相手だ……」


 どうやって戦うか考えている正人は疑問が浮かんだ。


「トロールが北海道から関東まで、誰にも気づかれずに来れると思いますか?」

「あり得ませんね」


 他のモンスターと違って、トロールは札幌ダンジョンでしか出現しないと思われている。身長が五メートルもある巨体を揺らしながら歩いていて、見つからないはずがないのだ。北海道を出る前に目撃され、探索者を投入して殺されていなければおかしい。


 群馬にまで無事に辿り着けるはずがないのだ。


 トロールの討伐報告は探索協会や報道機関から発表されていないため、集団行動した生き残りという線もない。


 どうやってここまできたのか。その謎の答えはいくつかあるだろう。最もイメージしやすいのは未発見ダンジョンの存在である。


「別のダンジョンから出てきたかもしれません」

「正人さんは、近くのダンジョンから出てきたと言いたいのですか?」

「可能性はゼロではありません。ですが、高いとも思っていません」


 未発見のダンジョンからモンスターが勝手に外へ出るのであれば、地上はもっと早く変わっていただろう。モンスターは一人でダンジョンからは出られない。そんなルールがあるから、少し前まで平和を享受できていたのである。


 誰かが外に出すか、もしくは探索協会が隠し持っていた研究所から逃げ出したか、そういった人の関わった原因でなければおかしいのだが、トロールほどのモンスターを誰が外に出せるだろうか。普通の方法では不可能であり、だからこそ正人は可能性が低いと思っていた。


 話している間にもトロールは、グリーンウルフに死体を食べさせている。モンスターの食欲は旺盛で、バリバリと音を立てながら骨ごとかみ砕き、胃に収めていく。


 グロテスクな光景を見て三人は眉をひそめるが、目は背けない。

 動作一つ一つを見逃すわけにはいかないからだ。


 グリーンウルフの食事を終わらせると、トロールはジャラリと音を立てて鎖を引っ張る。口には出していないが、付いてこいと言っているのだ。


 ドローンに背を向けるとトロールは川上に向かって歩き出す。土で汚れた尻がカメラに写り、またしても里香は嫌悪感を抱いた。


「どうします?」


 影倉が聞いた。判断するのはリーダーの正人。


「追いかけましょう」

「でもこれ以上離れると、ドローンが操作できなくなりますが」

「だったら私たちもトロールを追えば良い」


 登山リュックを背負った正人は、続いて影倉を肩の上に座らせる。肩車だ。これでドローンの操作に専念できるだろう。


 画面を見なくてすむようになった里香は、機嫌良く先導すると言って前に出る。


「追跡の目的はトロールの住処。戦うわけじゃないから見つかったら逃げよう」

「わかりました」


 力強く頷いた里香が歩き出すと、正人は『索敵』と『マップ』のスキルを使ってから後に続く。


 三人が川辺を目指している間にもトロールは、どしどしと音を立てて歩く。鳥を見つけると立ち止まってぼーっと見ていた。


 そのような動作を影倉は二人に報告している。


 正人はトロールが高度な知能は持っていないと判断し、やはり北海道から群馬まで隠密行動できたとは考えられないと結論をだす。


「どこに向かっているんですかね」


 雑木林を抜けて川辺にまでたどり着いた里香が、独り言をつぶやきながら警戒を強める。


 風は川上から川下に流れているので、グリーンウルフが人の臭いに気づくことはないだろう。周辺に人やモンスターの影はない。


「正人さん、索敵の結果はどうですか?」

「周囲にいるのはトロールとグリーンウルフだけ。人もいないよ」

「では安全だと判断して先に進みます」


 ずっと腰にぶら下げていた剣を抜くと、里香は川辺を歩き出す。大小さまざまな石が敷き詰められた地面なのでバランスが取りにくい。転倒しないように気をつけながら進んでいく。


 その間も影倉はドローンを操作しながら映像を見ている。


 川辺を歩いていたトロールは、道を外れて近くの雑木林の中に入っていく。巨体にぶつかった枝は折れ、ドローンが通りやすくなったため追跡は継続できる。気づかれないよう距離を取りながら、そして障害物に当たらないよう慎重に操作していると、開けた場所に出る。


 山の中に日本家屋があった。


 車が通れる道路、規則正しく並ぶキャベツ畑、小さいながらも観光客向けのお店や宿などがある。探索協会から資料はもらって確認はしていたが、写真がなかったので影倉がイメージしていた農村とは少し違っていた。


 老人が数十人住んでいるような場所ではなく、観光地として少しは機能していた農村。そこがモンスターの占拠した場所であり、トロールの住処である。


 ゴブリンやオーガ、他にも鹿型のモンスターもいるため、影倉は追跡を諦めてドローンを上昇させる。遠くから全体の記録を残そうとしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る