第87話後ろのバイクはまだいるのかッ!?
「正人さんーーーーッ!」
ヘルメットをかぶった里香が叫ぶと、正人は立ち止まって振り返った。
バイクが車体を半回転させて道路にタイヤの黒い後を残し、急停止して目の前に止まる。川戸がフルフェイスヘルメットのシールドを上げた。
「犯人を追うぞ」
たった一言だったが、これからやるべき事は全て伝わった。
里香は頭につけていたジェットヘルメットを正人に渡すと、バイクの後部座席から飛び降りる。
「チャットでも送りましたが、ユーリさんは犯人を沖縄ダンジョンに追い詰めたいそうです」
「すると、つかず離れずの距離を維持していればいいんだね」
「はい。大変だと思いますが頑張ってください!」
ダンジョンまで誘導するのは警察の仕事になる。川戸と正人は車が止まらないようにピッタリと背後について追っていれば良いのだ。
会話を追えた正人は、ヘルメットを装着してからポケットからレンタカーのキーを取り出した。
「コレをユーリさんに渡して欲しい」
里香に手渡すと、正人は急いでバイクの後部シートに座る。
背中越しから川戸に話しかけた。
「索敵スキルで逃走している方角は把握しています。口頭で伝えますね」
「わかった。移動先はお前の指示に従おう」
内心でレアなスキルを持っていることに驚きつつも、詮索するようなことは言わなかった。そういった探りはユーリの仕事であり、彼にとっては有用なスキルだとわかるだけで十分なのだ。
「まずは真っ直ぐ進んで下さい」
「スピードを出す。落ちるなよ?」
返事を聞く前に、川戸はガタンと音を立ててギアを入れた。エンジン音が大きくななり、バイクが急発進する。
残された里香は二人の姿が見えなくなるまで、その場にずっと立っていたのだった。
◇◇◇
車を強奪した二人は、想定していたより警察の動きが速く焦っていた。
逃走経路として使う予定だった道は検問されている。脇道を使って緊急時に使う予定の港に行ってみるが、三カ所全てが抑えられていて、中に入り込むことは不可能。使用できない。
当初の予定通り大型フェリーに乗り込んで逃げようとしても、到着するまで十時間以上もある。昼過ぎまでは逃げ回る必要があるのだが、長時間も車で逃げまわれない。
逃げ道は塞がられ、一息つく余裕すらない。
犯人の二人は追い詰められていた。
『後ろのバイクはまだいるのかッ!?』
車を運転している体格の良い男性――ハリー・オータニが、英語で助手席に座る女性――アイリス・フジタに聞いた。
『ええ。残念ながらね』
完全に逃げ切ったはずなのに、いつの間にか背後にいた。スキルを使って追い払っても、何度も現れてくる。
深夜ということもあって上空から監視されているとは考えにくい。検問されているとはいえ、このしつこさは異常だった。
『追跡系のスキルを使っているわね』
助手席に座るアイリスがそういった結論を出すのも当然だった。
使用しているスキル名までは判明していないが、目標の現在位置をリアルタイムで追えることぐらいは分かる。
スキルの有効範囲外に逃げたいが、相手は車より小回りの利くバイクで追っているので、現実的ではない。
『スキルがダメなら、銃でバイクを破壊するんだ! 弾なら避けられないだろッ!!』
『半透明の盾が邪魔をするから無理よ。あれは、勝手に動いているわね』
ハリーに言われるまでもなく、何度も拳銃でバイクを攻撃しているが、川戸の自動浮遊盾によって全てはじかれてしまっていた。
ハリーが覚えているヒートインパクトであれば自動浮遊盾を突破できるかもしれないが、バイクであれば範囲外に容易に逃げられてしまう。運転手を変える危険を冒してまでチャレンジする価値はない。
『ファック! そんなスキルありかよッ!』
『貴方と同じユニークスキルでしょうね』
運転しながら怒鳴り散らすハリーは透明化というスキルを覚えている。
姿が見えなくなるだけではなく、機械やスキルからも存在を隠せるので、見つけるのは非常に困難だ。地上にある警備は全て見直さなければいけないほど強力なスキルで、探索協会からスキルカードを盗めたのは彼の力が大きい。
『面倒なことになったわ』
『俺は死にたくない! 早く何とかしろッ!』
アイリスは、文句を垂れ流すハリーを冷めた目で見ていた。
このうるさい男を今すぐにでも車から放り投げたい。そんな衝動にかられるが、まだ利用価値があるので手は出せない。
透明化のスキルは非常に有用だ。使い方さえ間違えなければ、この場を乗り切ることも出来るだろう。生き残るためにも、みっともなく叫んでいるハリーを上手く利用しなければならないのだ。
(こんな男、スキルさえなければ見殺しに出来たのに……。無事に戻ったら上層部に苦情を入れてやるんだから)
心の中でグチを吐いてから気持ちを切り替えると、アイリスは思いついた作戦を伝えることにした。
『車で逃げ切るのは難しいわ』
『分かってる! だから困ってるんだろッ!!』
『落ちついて! 私から一つ提案があるわ』
『もったいぶってないで、さっさと言え!!』
思わず拳を強く握ったアイリスだったが、すぐに我に返ると話を続ける。
『ダンジョンに逃げましょう』
『ああ!? その後はどうするんだよ!』
『待ち伏せをして返り討ちにするの。透明化のスキルを使えば簡単でしょ?』
この作戦自体の成功率はあまり高くないが、このまま追われ続けているよりかはマシだ。一息つきたいという気持ちの後押しもあって、アイリスはこれ以上の作戦はないと思い込んでしまう。
苛立った仲間と常に追ってくる敵、その両方に気を使わなければいけない彼女は、自分が出した結論が誘導されているものだとは気づけなかった。
『そりゃぁ、いいアイデアだ! 俺のスキルで奇襲してやる!!』
話を聞いたハリーはニヤリと口元を上げた。
透明化のスキルさえ使えれば、最悪一人で逃げ出せる。素顔さえ晒さなければ、旅行者として飛行機に乗ることだって可能だと考えているのだ。そこに、仲間を助けようといった気持ちはない。自分だけ助かれば良いという身勝手な考えしかない。
どうして根城にしていたバーが分かったのか、その手がかりを与えたのが誰なのか、なぜダンジョンに向かう道だけ検問されていないのか、二人はそういった事実に思考を巡らすことはなかった。
『道は案内するから、運転は任せたわよ』
『おう! 全部ぶっとばしてやるッ!』
目の前に分かりやすい解決策を出してもらったハリーは、あらっぽく答えた。
アイリスの指示に従ってハンドルを動かし、ファイヤーボールのスキルで車両を吹き飛ばして検問を突破する。
沖縄ダンジョン前で車を乗り捨てると、二人は鍾乳洞に入っていった。
『誰もいないわね』
ダンジョンの入り口だというのに警備がいない。
疑問に思ったアイリスだったが、すぐに思考を中断させられてしまう。
『深夜だし、不人気なダンジョンならそんなもんだ。さっさと行こうぜ!』
止める前にハリーは無謀にも進んでしまう。
『はぁ……』
深いため息を吐いてから、後を追ってアイリスも沖縄ダンジョンに入っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます