第86話お前の提案に乗ろう
犯人が車を強奪する少し前、正人と別れた里香たちは無事にユーリと合流していた。
ハンマーを持った男性のスキルによって二人を取り逃がし、正人が索敵スキルを使って追跡していることを伝えると、ユーリは攻撃的な笑みを浮かべる。
「状況は分かった」
逃がしたことを責めるようなことはしなかった。
もしかしたら怒られるかもしれない。そんな不安を感じていた里香たちは安堵するとともに、犯人を追跡している正人への心配が強くなる。
「これからどうしますか?」
正人さんを助けてください。
そんなことを言いたそうな目をして、里香が質問した。
「安心しろ。取り逃がした後のことも考えてある」
「後のこと、ですか?」
「そうだ。組織の力を使って追い詰めるぞ」
里香の問いかけに答えると、ユーリはスマホを取り出して電話をかけた。
すぐに報告を待っていた相手とつながる。
「ユーリです。状況の報告をします」
通話先はユーリを担当している探索協会の職員だ。
今回の事件について全権を任された男性であり、探索協会でも役員という地位に立っている。普段は粗雑な発言の多いユーリでも丁寧に話さなければいけない相手だ。
「犯人を取り逃しました。今、仲間の一人が追跡しています」
「逃がしただと?」
誰が聞いても分かってしまうほど怒りを抑えた声だったが、ユーリは”お前の緩徐なんて関係ない”と言わんばかりに、要望を伝える。
「ええ、そうです。捕まえるために協力をお願いします」
「…………考えがあるのだろ。言ってみろ」
「フェリー、空港、主要道路すべてに人を配置してください。検問もお願いします。派手に動きましょう」
ユーリが依頼していることは単純なことだ。
探索協会経由で警察や探索者を動かしてもらい、逃走している犯人の包囲網を作る。そういった内容だった。
「派手に動かす理由は何だ? 何を狙っている?」
探索協会の権力を持ってすれば、警察を動かすことはたやすい。すぐにでもユーリの提案を実行できるのだが、即答はしなかった。
探索者だけではなく警察からも追われていると分かれば、犯人の警戒心は高まって捕まりにくくなる。追われていると気づかれないように、静かに動くべきではないかと、考えたからだ。
「包囲網がある。抜けられないと分かれば、犯人がとれる選択肢は大きく減ります。落ち着くまで、人目につかない場所に隠れようとするでしょう」
「そうだな。で、何が言いたい?」
すぐに答えを言わないユーリに通話相手は苛立った。
自ら考えずに答えを催促する。
「人が居ない場所を探していたら、行き着く場所は一つだけですよ。我々はそこに誘導すればいいだけです」
「そことは?」
「ダンジョンです。そこで時間になるのを待ってから、再び外に出てフェリーに乗って国外に出る。無謀かもしれませんが、明日の昼過ぎまで沖縄中を逃げ回るよりかは現実的でしょう」
「…………」
通話先の相手は無言になった。
先ほどの話を吟味し、ユーリの発言に嘘がないか、自分が騙されていないか検討している。今の地位にたどり着くまで何人もの人間を蹴落としてきたからこそ、他人の言葉を素直に信じられないのだ。
悩んだのは数秒、
「分かった。お前の提案に乗ろう。すぐに動かす」
提案を受け入れた。
「ありがとうございます。その決断、後悔させません」
ユーリは犯人が根城にしていた部屋から逃走計画の書類を手に入れたので、犯人が通りそうな場所を通話相手に伝える。そしてあえて、沖縄ダンジョンへ向かう道路だけは包囲網を薄くすることまで依頼したのだった。
「それでは、よろしくお願いします」
スマホを耳から離したユーリはポケットにしまいながら、里香たちに職員と話した内容を伝えて指示を出す。
「川戸はバイクに乗って正人を迎えに行くんだ。誰か後ろに乗って、正人との連絡役をして欲しいんだが……」
「私が行きます」
「任せた。行ってこい」
里香が立候補すると、すぐにユーリは許可を出す。
川戸と一緒にバイクを止めている場所に移動していった。
「よし、残った俺たちは車まで戻って待機する。いつでも動けるようにしておくぞ」
「「はい!」」
残っていた双子の姉妹が元気よく返事をすると、ユーリたちは駐車場に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
ネイキッド・スポーツタイプの大型バイクの横に、ヘルメットが二つぶら下がっていた。一つはフルフェイス型、もう一つはジェットヘルメットだ。
川戸はヘルメットを二つ手に取ると、ジェットヘルメットの方を里香に軽く投げて渡した。
慌てて受け止めると、里香は急いで頭につける。空いている後部シートに座り、スマホを取り出したところで、正人から電話がかかってきた。
タイミングが良いと思いながら、里香は通話ボタンをタップする。
「犯人が車を奪い取った! 今は止まっているけど、もうすぐ走り出すと思う。スキルを使って全力で追いかける予定だけど、長くはもたない!」
正人の焦った声がスピーカーから聞こえた。
「これから川戸さんのバイクで追跡します! 場所を教えてください!」
「わかった! 現在地をチャットで送る!」
現在地の情報をチャットでもらうと、里香はマップアプリで場所を確認する。
「正人さんは国道沿いにいるようです! 細かい場所は私が指示します!」
おおよその居場所を把握した川戸は、小さくうなずいてからエンジンをかけると、ライトが前方を明るく照らした。
落とされないように里香は左腕を川戸の腰に回し、もう片方の手でスマホを持つ。通話はつながったままなので、正人が移動しても居場所は追える。
「いくぞ」
「はいッ!」
元気な返事を聞いた川戸は、クラッチを握ってニュートラル状態のギアを一速に変えた。クラッチを離してスロットルを回すと、バイクは勢いよく飛び出す。
順調にスピードが上がり、ギアを二速、三速と変えていく。緩いコーナーは速度を落とすことなく、体がコンクリートの地面につきそうなほど傾けて曲がる。後ろに乗った里香が立候補したことを後悔してしまうほど運転は荒いのだが、そのおかげですぐに正人の所まで行けそうだった。
「そこを右に曲がってください!」
スマホで地図を見ながら里香が叫ぶようにして指示を出す。
再びバイクを傾けて曲がると、川戸は正人の姿をとらえた。
犯人が運転する車を追いかけているようで、全力で走っている。肉体強化のスキルを使いながら人の限界を優に超える速度で移動しているが、全身から汗が流れ落ちていて長くは持ちそうにない。
犯人の車が検問を見つけて、目立たないようにスピードを落としてなければ、逃がしていた可能性もあった。
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