第85話ここから先は通しません

 裏路地で待機していた正人の耳に、建物が崩壊するような音が届いた。発生源はユーリたちが突入した建物だ。


 周囲は暗く何が起こっているか目で確認できないが、索敵スキルを使っている正人の脳内レーダーには、こちらに近づいてくる二つの青いマーカーをとらえていた。


 逃げるようにして動くマーカーは、ユーリや川戸のものだとは思えない。


「犯人がこっちに逃げてくるッ」


 緊張した声を聞いた里香たちは、お互いに顔を見合わせる。

 こっちに来てしまった。

 言葉には出さないがそんな雰囲気を発している。


 モンスターと対峙したときの緊張感や恐怖とは違う。死体操作スキルを扱う男性と対峙したときのような、同族と戦わなければいけない嫌悪感が里香たちを襲った。


 索敵スキルで相手の位置を確認しながら、正人は通路の真ん中に立つ。探索で使っているダマスカス製のナイフを二本、鞘から抜いた。里香や冷夏、ヒナタもそれぞれの武器を手に持つ。


「皆は後ろに立ってて。もし、私が突破されても追わなくていい。犯人に道を譲っても大丈夫だから」

「それって、仕事を放棄することになりませんか?」


 勤勉で真面目な冷夏の発言を、正人は首を横に振って否定した。


「ユーリさんが取り逃がした段階で、最初の作戦は失敗してるんだ。ここで命を賭けてまで捕まえる必要はないよ。それより逃げた先を追跡できるように準備した方が良いかな」


 この場で正人たちが殺されてしまい、犯人の行方が分からなくなる方が問題は大きくなる。また探索協会の仕事で大切なパーティーメンバーを失いたくない正人は、本気で足止めしようとは考えてなかった。


「追跡ですか?」

「うん。索敵スキルである程度は追えるから、ここで捕まえるんじゃなくて、態勢を立て直してから捕まえる。そっちの方がいいよ」

「なるほど……」


 索敵スキルを使えば相手の視界に入らず、後を追うことは可能である。地下に逃げられたら追えなくなるが、周辺に地下道はないのでその心配は不要。後を追うことは可能だ。


「ヒナタは正人さんの意見に賛成だなー! 二人は?」

「もちろん、賛成です」

「私もです」


 ヒナタ、里香、冷夏の順番で同意した。人と戦わなくて済むのであれば、拒否する理由はないのだ。


 この場の全員に正人の作戦が伝わると、走る足音が聞こえてくる。脳内に浮かぶレーダーには青いマーカーが浮かんでおり、犯人が近づいていることが手に取るように分かった。


 先頭に立つ正人と犯人の距離が十メートルを切りそうになった。そのタイミングで、正人はスキルを使う。


 ――ファイヤーボール。


 頭上に小規模な火の玉が浮かび、周囲を照らす。

 暗闇から二人の人物が浮かび上がった。


 一人は線が細く目つきの悪いショートカットの女性。もう一人は体格がよく角刈りの男性で、片手に壁を壊したハンマーがあった。


 急に明るくなり、また立ちはだかる正人たちの存在に気づいて立ち止まっている。


「ここから先は通しません。諦めてください」


 相対していた犯人の二人は、即座に動く。


 男性がハンマーを振り上げると、振り下ろしたのだ。その後ろでは女性の犯人が反転して、逃げようとしている。正人は両手に持っていたナイフで、ハンマーのヘッドを叩いて軌道をそらし、スキルを使う。


 ――エネルギーボルト。


 光る白い矢が女性の犯人に向けて放たれた。

 スキルの発動に気づけず、足を貫かれる。力が抜けて倒れそうになるが、


 ――自己回復。


 すぐに傷はふさがり、また一歩踏み出す。


 足止めに失敗した正人は再びスキルを使おうとするが、目の前に立つ男性の蹴りが顔面に迫ったので中断し、首を動かして攻撃を回避する。耳音から風を切る音が聞こえた。男性がバックステップで距離を取ると、再びハンマーを上に構えた。


今度はすぐに振り下ろさない。溜めの時間がある。


「スキルがくる!! 範囲攻撃かもしれない! 隠れてくれッ!!」


 魔力視を使って魔力がハンマーヘッドに集まっていることを察知した正人が声を上げると、後ろにいた里香たちが走り出した。


 路地に曲がって身を隠す。

 十分な魔力を溜めた男性の犯人がスキルを使う。


 ――ヒートインパクト。

 ――自動浮遊盾。


 ハンマーがコンクリートの地面に叩きつけられると、扇状に衝撃波と熱風が発生。透明な四枚の盾に守られた正人を襲う。しゃがんで小さくなり体を盾に隠して衝撃波を防いだが、熱までは無理だった。


 服の一部や肌が焼ける。自己回復スキルで肉体を治すが、すぐにまた焼けてしまい追いつかない。逃げ出すことはできず、じっと耐えること約一分。ようやく『ヒートインパクト』の効果が終わった。


 やけどを治しながら立ち上がった正人は、先ほどまで男性の犯人がいた場所を見る。


「逃げられたね……」


 誰もいなかった。

 範囲攻撃のスキルを使っている間に、女性の犯人を追って逃げたのだ。


 急ぎ、正人は索敵スキルを使用する。

 脳内のレーダーには、この場から急いで離れる青い二つのマーカーがあった。


「私が後を追う、里香さんたちはユーリさんと合流して欲しい」

「はい。気をつけてください」


 路地から顔を出すと、心配そうな声で里香が答えた。


 東京ダンジョンでドロップ品を強奪した襲撃犯と、鬼ごっこをしたことがある。その時の経験を思いだした里香は、正人を一人で行かせるのに不安を感じていたのだ。


 正人は歩いて里香にまで近づくと、頭に手を乗せて安心させるように優しくなでる。


「身を隠す場所はいっぱいあるし、隠密のスキルもある。前とは状況は大きく違うから、絶対に見つからないよ」


 そう言ってから頭から手を離すと、冷夏とヒナタを見た。


「何かあれば連絡してね」

「「はい!」」


 元気の良い返事を聞くと、正人はスキルを使う。


 ――隠密。


 存在感が薄くなり、目の前にいても気を抜くと見失ってしまいそうになる。この暗闇で、さらに逃走を続けている犯人が正人の存在に気づくのは難しい。


 二つのマーカーはバラバラに動くことなく、合流したこともあって追跡は容易だ。


 ――肉体強化。


 レベル二とスキルによって強化された肉体を使って、正人は三人を置いて走り出した。壁を乗り越え、家の屋根を飛び乗り、静かに追跡をする。


 視界に入らない程度の距離をずっと維持していった。


 犯人は国道まで移動すると車道を走る。


 しばらくしてライトを点灯した車が近づくが、避けようとしない。クラクションをならしながら、衝突を避けるために車が急ブレーキを踏むが、人を吹き飛ばすには十分すぎるほどのスピードがある。


 ――粉砕。


 目の前に迫り来る車に、ハンマーを持った男性が下から上に振り上げた。車が縦に一回転して止まる。威力を調整したため、車体は凹んでいるがエンジンは無事だ。


 犯人の女性が拳にナックルを装着して窓ガラスを割り、目を回して気絶している運転手を引きずり出し、二人は乗り込む。


 車を強奪した犯人たちは、アクセルを踏んでユーリたちから逃げ出すのだった。


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