第217話 助けて!
まだ風華が生き残っている。炎の精霊は強いため油断できない。ナイフを構えて様子を窺おうとする。
「え!?」
風華を抱きかかえた炎の精霊は既に逃げ出していた。正人が気づいたときには、かなり大きく距離は離されている。タイミングからして白い火の玉を落下させた時ぐらいから、走り出していたのだろうことがわかった。
「逃げるための囮として使われたいたいだな」
正人と遭遇した時点で風華は勝てるとは思っていなかった。どうやって逃げて生き延びるか、それだけしか考えていない。だから最初は戦うと見せかけて、さらに影をけしかけ、意識を戦闘モードにさせてから戦線を離脱したのだ。
まんまと作戦に引っかかってしまったのだが、この程度は失敗の内に入らない。
すぐにでも挽回は可能である。
――短距離瞬間移動。
視界に入った場所へ瞬時に移動できるスキルだ。消費する魔力量は大きいが、大量のスキルを覚えて魔力の総量が増えた正人にとっては問題はならない。何十回も使用は可能である。
逃げ出している風華たちの前に正人が現れた。
「助けて!」
叫ぶと炎の精霊がスキルを使う。
――眷属召喚。
火の玉に短い手足の着いたモンスターが出現した。大きさは赤子の頭ぐらいだ。数は五十以上あるだろう。炎の下位精霊で自我はなく、普段は好き勝手に動いているだけの存在であり、近づかなければ人を襲うようなことはしないのだが、炎の精霊の命令があれば別である。上位存在には素直に従うため、一斉に正人を襲いだす。
近づいてきて肌は焼けるが『自己回復』によってすぐに再生される。
スキルのおかげで傷は問題にはならいのだが、大量の炎によって空気が薄くなり、苦しくなってきた。
――氷結結界。
正人の周囲の温度が一気に下がる。地面は凍りつき、さらに氷柱が出現して炎の下位精霊を包み込む。消滅の危機を感じて短い手足を必死に動かして氷を溶かそうとするが、絶え間なく魔力を供給される氷柱はびくともしない。炎が消えてしまい、下位精霊立ちはたった数分で消えてしまう。
相性が悪かったのも確かではあるが、もし他の下位精霊だったとしても似たような結果になる。水の下位精霊であればファイヤーボール、土の下位精霊であれば水弾をぶつけて破壊していた。あの程度のモンスターに負けるほど、正人は弱くないのだ。
むろん、そんなことは風華もわかってはいる。炎の下位精霊と戦っている間に逃走を再開していたのだ。
「何があっても逃げるつもりか」
正人を恐れているのは風華だけではない。スキルによって支配されて感情が希薄になっても、炎の精霊は恐怖を抱いていた。確実に逃げ切るため、スキルを使う。
――ファイヤーウォール。
――眷属召喚。
森の中に入った炎の精霊は背後に火壁を出現させて、森を燃やす。燃えさかっている環境に喜んだ下位精霊が、火を大きくしていくと広範囲に広がっていく。
こうなってしまえば風華たちの姿は見えない。先ほどのように『短距離瞬間移動』では追えないだろうが、『転移』を使えば別だ。『索敵』スキルによって現在位置は把握できているので、先回りすることも難しくはない。
だが、正人は追跡を中断した。
逃げ切れたと安心した後、どのような行動に出るのか気になったからだ。しばらくは泳がすと決める。
占拠された村の解放なんていつでもできるので後回し。
世界の破滅を願う教団が里香たちを狙うのであれば、大きな被害が出る前に根こそぎ潰しておきたい。
正人は大切な人たちを守るため、教祖と風華は殺すと、冷徹な判断を下していた。
――転移。
外の状況が気になった正人は、ダンジョンを出て里香と影倉の元に戻る。
「ただいま。そっちは何かあ……ったみたいですね」
正人を見た瞬間、里香が抱き付いてきたのだ。泣いているわけではないので悲しい出来事が起こったわけではないとわかる。
「何があったんですか?」
話せそうにない里香の背中を撫でながら、理由を知っていそうな影倉に聞いた。
「いやはや……どこから説明して良いか悩みますねぇ」
「私も伝えたいことがあるので、お互いに最初から話しましょうか」
逃げ出した風華は、まだ村に戻ってきてない。お互いに情報交換するぐらいの時間はあるだろう。
里香を落ち着かせてから三人は地面に座り込む。
最初に話し出したのは影倉だ。外でゴブリンと女性がからみあっていたことを伝えると、正人は全てを察する。
「なるほど。だからあんなユニークスキルを持っていたのか」
「どういうことですか?」
影倉の疑問に答えるため、正人は未発見のダンジョンや風華の支配スキル、炎の精霊の話を伝える。モンスターと交わるという特殊な経験を積み、さらにモンスターを操りたいという願望を持つことによって、風華はユニークスキルを獲得したのだろうと推測まで伝えた。
「えげつないことしますね。そんなことしてまで何をしたいのでしょうか」
「彼女たちは世界の破滅を望む教団に入っています。目的は現代社会の破壊でしょう」
「教団の存在自体は知っていましたが、ここまで危険だとは……」
「彼らは里香さんや冷夏さんを狙って埼玉ダンジョン付近で襲撃してきましたし、危険度はモンスター以上と考えて良いかもしれません」
「え、あの時の人も教団の関係者だったんですか!?」
驚いた里香の声に正人は頷くと、埼玉のダンジョンで襲ってきた不審者と同じ男が、教祖として村に君臨していることも伝える。
単純に村を開放すれば終わりではないと、誰しもが分かったのだった。
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