第218話 気をつけて下さい

「教祖と呼ばれていた男と襲撃してきた人は、同じ顔をしていたから間違いないよ」

「他人のそら似、もしくは見間違えでじゃないんですか?」


 里香が言うように普通はそう考えるだろうが、正人は教祖と影と呼ばれた男も同じ顔をしていたことを知っている。


「実は教祖と襲撃犯の他に同じ顔をした男がこの村にいたんだ。さすがに三人も同じ顔をしている人がいるとは考えにくいかな」

「確かに……」

「だから私は、教祖が分身を創り出すユニークスキルを持っているのではないか、と考えている」

「っっ!?」


 普通のスキルとは効果が全く違い常識が通用しないユニークスキルであれば、肉体のある分身を作ることは可能だと、様々なスキルを見てきた里香は納得してしまった。


「ユニークスキル持ちは厄介だ。私は教祖を捕まえることを優先して動きたいから、里香さんには村の解放――モンスター退治をお願いできないかな?」

「任せて下さい。モンスターは私が倒します。ですから、どうかお気をつけて下さい」


 付いていきたいという気持ちを抑えて里香が返事すると、正人は小さくうなずき、『転移』のスキルを使って教祖の住む家の中庭に移動した。


 ――隠密。


 木の裏に隠れて存在感を消す。まだ誰にも気づかれていないようだ。


 教祖という立場であれば珍しいスキルカードを手に入れていても不思議ではないので、油断は出来ない。慎重に行動したいため居場所を探そうとして『索敵』スキルを使う。青いマーカーが十数個も表示された。


 しかも全員が同じ場所にいるのだから厄介だ。教祖がどこにいるのか見当が付かない。どうして家の中に人が増えたのか気になりつつも、チャンスが訪れるのをじっと待っていると、突如として脳内に青と赤のマーカーが一つずつ出現した。


 ようやく風華と炎の精霊がダンジョンから出てきたのだ。正人が予想していたとおり、教祖の家へ真っ直ぐに進んでいる。動きは速いので、炎の精霊に抱きかかえられながら移動しているのだろう。


「教祖様っ!!」


 炎の精霊と風華が家の敷地内に入った。


 声は聞こえていたはずなのだが家の中にある青いマーカーは動かない。いや正確には数が減っている。上空に逃げているとは考えにくいので、教祖たちは地下に入って『索敵』スキルの範囲外に出ている気づく。


(隠し通路があるのか。逃がすわけにはいかない)


 こうしている間にも青いマーカーの数は減っていく。風華を捕らえる時間はない。正人はどちらを優先するか悩んだが、やっかいなのは無尽蔵に分身を作れるかもしれず、積極的に狙ってくる教祖の方だと判断した。


 教祖が出てくるのを待っている風華は、炎の精霊と一緒に土下座をしている。


 その隙に正人は『隠密』スキルを維持しながらゆっくりと移動して裏側に回り込むと、空いている窓の隙間から台所の中を覗きつつ『短距離瞬間移動』で室内に入った。


 夕食を作りかけていたようで、切りかけの食材がある。火も付けっぱなしになって鍋の水が沸騰していたので、正人は火を止めると土足のまま侵入していく。途中で敵が待ち構えていることはない。襲撃される心配はないので急ぎ足で古びた木製の廊下を進み、突き当たりを左に曲がる。開きっぱなしの襖が見えたので勢いよく入った。


「誰!?」


 生地の薄い真っ白な浴衣を着ている女性が五人居る。部屋の中心にある畳が剥がされていて、穴があった。ハシゴがついているので、ここから脱出したのだとわかる。


 ――水弾。


 威力を弱めた水の塊を女性たちに向けてはなった。腹に当たるとその場でうずくまり、嘔吐する。もしレベルを持っているのであればこの程度の攻撃は耐えられるので、女性たちは一般の人と判断できる。


 正人は少しだけ罪悪感を覚えながらも、ハシゴを握って急いで降りていく。


 深さは三メートル程度で、すぐに脱出用の道に到着した。地上にいる青いマーカーは消えており、代わりに地下へ逃げ出した青いマーカーが表示されるものの、薄暗いため姿は見えない。


 ――暗視。


 視界が明るくなった。数メートル先に女性の後ろ姿が見える。正人は『隠密』のスキルを維持しながら走り出し、次々と追い抜いていく。


 電気ランタンの明かりを頼りに視界を確保していた女性たちは、追い抜かれるときに誰かがいたとは気づいたが、それが正人だとは思わなかった。人によっては幽霊だと勘違いして、腰を抜かしてしまう。


 六人ほど女性を追い抜いたところで、地下に作られた広い空間へ入った。大きさは体育館ぐらいだろうか。天井には照明があって周囲は明るい。床にはベッドや衣服、ビニール袋、ペットボトルが転がっていて、生活感がある。部屋の中心には女性の死体が転がっていて、隣に教祖が立っていた。


「ワシを殺しに来たのか?」


 会話をする気などない。正人は両手に持つナイフを構えて戦う意志を見せる。


 ――身体能力強化。

 ――格闘術。

 ――短剣術。

 ――自動浮遊盾。


 ナイフの刀身が淡く光、正人の周囲に半透明の盾が浮かび上がった。


「それがお前の答えか。いいだろう! このワシが最強の探索者を殺してやるッ!」

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