第219話 よそ見は許しませんよ!

 教祖が横たわっている死体の胸に手を置く。


 何かをするだろうことは正人もわかっているが、ユニークスキルの能力を知りたいので無理に止めるようなことはしない。様子を伺う。


 ――自己像幻視。

 

 スキルを発動させると死体が光だした。女性から男性に骨格が変わっていく。髪はすべて抜け落ち、顔にシワができる。さらには顔の作りも変化が始まり、教祖と同じになった。


「もう一人の自分を作り出すユニークスキルですか」

「影の力は、それだけじゃないぞ!」


 すっと立ち上がった影は正人を見る。


「再会できてうれしく思いますよ」


 ねちゃっと笑った影の顔を見て正人は不快感を覚えた。


 もう一人の自分――影は、死んでも記憶を引き継いでいる。であれば、自滅するような行動も気軽にできるだろう。


 不利だと察すればリセットできるのだからずるい。何度も襲ってきて、こちらの攻撃パターンを読まれてしまえば、いつかは負けてしまう。


 正人はRPGゲームの魔王になった気分だった。


「私はうれしくないですよ。さっさっと死んで、次は蘇らないでくださいね」


 ――エネルギーボルト。


 光の矢を数十本も生み出すと即座に放つ。向かう先は教祖だ。スキルを持つこの男さえ殺せば、影は蘇られないからだ。


 ――結界。


 教祖の周囲に薄い膜が出現すると、光の矢の攻撃を防いだ。


「その程度の攻撃ではワシは殺せんぞッ!!」


 他にもスキルを覚えているかもしれないと、正人は高笑いを上げている教祖を警戒している。その間に影は部屋に転がっている手斧を拾う。


「無視されると少し悲しいので、次は私を相手して下いね!」


 笑いながら影が走り寄ってくる。レベル二程度の速さで、肉体強化系のスキルを使っているようには思えない。教祖の方を見ると結界に守られたまま。動く気配はないので影と戦うと決める。


 振り下ろされる斧を斜め後ろに下がって回避すると、ナイフを肩に突き刺す。スキルの効果によって骨を容易に突き抜け、深く刺さる。引き抜くと血が流れ出た。


 痛みを感じているはずの影の動きは鈍らない。反撃を恐れずに斧を振り回す。技術なんてものはなく、稚拙な動きだ。正人の周囲に浮かぶ半透明の盾が勝手に動き、全てを防いでしまう。何度攻撃しても影の攻撃は当たらない。


「何をしている! 早く殺せッ!」

「やってますよ。うるさいですねぇ!!」


 教祖と影が争いあっている。その間に正人は魔力の動きを観察し続け、スキルの動きを学んでいく。隼人の『氷結結界』のように、覚える準備は整った。


(とはいえ、使う気にはなれないけどね)

 

 死体を使って第二の自分を作る方法は、正人の倫理観に反する。


 仮に死んで当然だと思えるような人物の死体だとしても、実験に使うのは気が引ける。もしやるとしたら――。


「教祖様! お助けします!」


 信者の女性たちが部屋に入ってきた。教祖の周りに立って肉の壁になると、一人がナイフを首に刺して倒れた。血が流れ出ており、すぐに息絶える。


 斧を避けながら様子を見ていた正人は、予想外の展開に驚き、言葉が出ない。


「よそ見は許しませんよ!」


 斧が横に振るわれる。

 

 正人はナイフで受け止めと強い衝撃を感じたが、吹き飛ばされるようなことはない。発動しているスキルのおかげで耐えることができた。


「コンクリートを粉々にできるほどの威力があるんですが……あなた化け物ですか?」

「お前に言われたくないな」


 空いているもう一本のナイフを影の胸に突き刺す。手ごたえはあった。


 死を感じた影は正人に抱き付くと、耳元でささやく。


「何度戦っても勝てそうにないですね……」


 レベルを上げて新しいスキルを覚えない限り、蘇っても勝てないと降参していた。それほどの差が、正人と影にはあるのだ。


 だからだろう。また教祖が、また死体から影を作っても立ち上がっただけで、戦う意思は見せない。


「何をしている! 早く戦え!」

「…………」


 影は冷めた目で教祖を見ていた。


「逃げませんかね? ここにいる女の体をすべて使ったとしても勝てませんよ」

「体力は無尽蔵でないのだ。攻撃を続ければ勝てるッ!」


 殺されると宣言されても、信者の女性たちは動揺していない。むしろ受け入れているようにも見える。命の使い方は教祖に任せると、心の底から思っているのだ。


「そう思うなら、一人でどうぞ。私は抜けさせてもらいますね」


 影は部屋の奥にある出口に向かおうと歩き出す。


 まさか本体が見捨てられると思っていなかった正人は、スキルで作られた存在がどんな判断をするのか興味を持つ。


「そんな勝手、許すはずないッ! ”止まれ!“」


 教祖がスキルを経由して命令を出すと、影の足が止まった。


「何をさせる気ですか?」

「正人と戦え」

「お断りしますね」

「”正人と戦え!“」

「グッ」


 スキル経由の命令に逆らえない影は必死に抵抗しているが、正人の方を向いてしまう。視線は前回の体が持っていた斧にあり、武器を使って戦おうとしている。


「もういいよ。人を犠牲にする戦いは終わりにしましょう」


 人の命を何とも思わない教祖に苛立った正人は、『転移』を使って『結界』の内部に入っていた。外部の攻撃は遮断できる便利なスキルではあったが、時空をゆがめて移動する『転移』までは防げなかったのだ。


「く、くるなぁ!!」


 教祖がみっともなく殴りつけてくるものの、半透明の盾が自動で防いでしまい、逆にこぶしを痛める結果となってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る