第220話 教団の名前は?
「いたたた……」
教祖は痛んだ拳を触りながら睨んできた。
『結界』のスキルを解除して後ろに下がって逃げようとする。
――氷結結界。
正人と教祖を囲むように地面から氷の壁が出現した。強い冷気を発していて近づくだけで体温は大きく下がる。スキルの使用者を除き、この場に長く留まっていたら凍えて死んでしまうことだろう。
「なぜ里香さんたちを狙ったんですか?」
ゆっくりと歩きながら正人は気になっていた疑問をぶつけた。
「邪魔だからに決まっているッ!」
「私たちはモンスターを倒して人を守っているだけなのに?」
「それが問題なのだ! 腐りきった現代社会は破壊されなければ! 守る必要はない!」
今の日本を守るために動いている正人と、考え方が根本的に違う。対話によって教祖を理解することは不可能だろうと諦めた。
「なるほど……では次の質問です。あなたの教団の名前は?」
「誰が答える……いだいッ!」
拒否しようとした教祖の太ももに『エネルギーボルト』が刺さった。威力は弱めているので直径で数センチほどの穴が空いただけ。大したダメージは与えていない。
氷壁の外側から教祖を心配するような声が聞こえているが、中に入って来られないの正人は回りを気にすることなく、たっぷりと時間をかけられる。
「あなたは私の質問に答えてください」
「ごどばる」
泣きながらも拒否する教祖に対して、再び『エネルギーボルト』を放つ。足や腕に数本の光の矢が刺さり、教祖は痛みに耐えきれず叫ぶ。
正人は心が冷えていくのが分かる。大切な弟や里香たちをまもるためにも手は抜けない。
感情が抜けていき、機械のように目的を達成するためだけに動く。
動けない教祖の頭を掴むと持ち上げ、氷の壁に叩きつける。教祖は背中が焼けるような痛みを感じ、正人の目を見てこのままでは死ぬと確信する。
「もう一度聞く。教団の名前は?」
「ラオキア教ですッ!」
「信者の数は?」
「全体はわかりませんが、関東支部には千人ほどがいますッ!」
「お前、教祖なんだろ? 何で知らない?」
「支部ごとに教祖がいるからで、全体をとりまとめるのは大教祖なんです! 信じてください!」
教祖が一番偉い立場にいると思い込んでいた正人は、変わった制度をしているなと感じたが、嘘を言っているようには見えない。
目の前の男は本当に全体については何も知らないのだろう。
「大教祖はどこにいる?」
「わかりません! 一度も会ったことがないので!」
「嘘をつく――」
話している途中で正人は顔を上げた。
スキルで生み出された影は氷壁を登り切り、上に立っている。凍傷しかけて指先が黒くなりかけている手には斧があって、飛び降りながら攻撃をしてきた。
この程度の奇襲で正人は後れを取らない。すぐに頭を戦闘モードに切り替えるとスキルを発動させる。
――毒霧。
紫色のガス状の煙が正人の上に吹き出た。影が中に入ると皮膚や肉、骨までがドロドロに溶けていく。激しい痛みを感じていると、正人が投げた教祖に当たり吹き飛ばされる。
影は状況を確認しようとしても目が潰れているため不可能だ。全身を襲う激しい痛みによって、早く楽にさせてくれとしか考えられない。
戦意は一瞬にしてへし折られたのである。
「助けて……」
影の上に倒れている教祖が命乞いをした。
「生き残りたければ知っていることを全て話せ」
「もう、ありませんッ! 許してください!」
正人は教祖の足を踏みつけた。ポキッと乾いた音が鳴って骨が折れる。
「いだい! いだい!」
泣き叫び、まともに話せなくなってしまった。まともに喋れる状況ではないので『復元』のスキルによって元に戻す。
「大教祖はどこにいる?」
ゴミを見るような目をしている正人が怖い。人を人として見ない態度がトラウマをえぐり、教祖は教団へ入る前に感じていた人生への絶望感を思い出す。
両親はおらず、勉強はできず学校に居場所はない。ようやく就職して入社した工場ではイジメの対象となり、鬱になって体が動かせなくなった。布団の上から動けない日々。過去に受けた悲惨な出来事が次々と脳裏に浮かび、激しい怒りが湧き出る。
彼もまた、現代社会に適応できず希望を持てなかった男の一人だったのだ。
「知らないものは知らない! わからない!」
ラオキア教に救われた気持ちを思いだした教祖に恐怖は感じない。
どうせ死ぬのであれば最後まで反発してやる。成功者には何も渡したくないという思いが、無謀な行動に出させた。
「道連れにしてやる! みんな死ねば良いんだッ!!」
幸せな人が許せない。皆で不幸になるべきだ。
教祖の歪んだ思想が正人にまで伝わる。
救われない男への悲しみを感じつつも、教祖の首を絞める。新鮮な空気を求めてもがき、正人の腕を外そうとするが、抵抗は無意味だ。力では勝てないため意識を失ってしまう。
正人は教祖を肩に被衣、影を見る。苦悶の表情を浮かべながら死んでいた。『毒霧』によって肉や骨が溶けて液体になっていた。
死ぬ前提で何度も生まれる男を生み出すユニークスキル。それはやり直したいと思った教祖の願いが実現したものだったのだろうか。
ふと、正人はそんなことを考えたのだった。
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