第256話 きみが正人君かね?
正人は『転移』スキルを使って、渋谷の探索協会ビル前に着いた。
目の前には十階建ての全面ガラス張りのビルがあり、外からでも高齢の職員達が忙しく動き回っている姿が見えた。手続きに来た探索者を捕まえては、どこかに連れて行ってるところから、モンスター討伐のため戦力を確保しておきたいといった思惑が透けて見えるようだ。
一方の探索者たちは、本島から離れた島が占拠されたということもあって、自分たちは関わりたくないと思っている。積極的に協力しようなんて人はほとんどいない。ビルから逃げ出そうとしていた。
そんな中、正人はいつもどおりに歩いてビルへ入る。
一階は各種手続きを受け付けるエリアだ。カウンターには、“免許更新”“再発行手続き”など分かりやすい看板がぶらさがっており、順番待ち用の椅子がずらりと並んでいる。
今は誰もいないので、空いている場所に座って里香たちを待つことにした。
「おい、見ろ。彼が来たぞッ」
いち早く気づいた男性が正人を指さした。
周囲の視線が集まる。
「神津島占拠事件を解決しに来たのか?」
「だったら勝算があるかもしれない」
「誰か聞いてこいよ」
「無理だって。お前が行けよ」
本人らは聞こえないように言っているつもりだが、正人の耳にまで声が届いていて気まずい。探索者を引き留めていた高齢の職員たちも注目していて、居心地の悪さを感じている。
誰も見たくないためスマホを取り出すと、チャットアプリを立ち上げる。パーティーメンバーが入っているグループにメッセージを投稿した。
『協会のビルにいるんだけど、みんなは後どのぐらいで着きそう?』
『ワタシたちは、もうすぐビルに着きます!』
代表して里香がメッセージを返した。冷夏、ヒナタは自分のスマホを持ちながら、流れるチャットを眺めている。
『よかった。時間がかからないなら、このまま一階で待ってるね』
『……何かありました?』
普段なら先に行くなんて考えをするような男ではない。三人をゆっくりと待つ。
言葉にしにくい異変があったんじゃないかと、里香は感じ取って質問した。
『実は、近くにいる探索者が私のことを見ながらコソコソと話してて気まずいんだよね。時間かかるようだったら先に行ってようと思ってたんだ』
『あーーーーー』
ここで会話の流れが止まった。
返事を待つべきか、それとも何を察したのか聞いてみるべきか、正人は悩んでいと冷夏が新しいコメントを投稿する。
『正人さんが神津島奪還計画に参加するなら参加しようと思っている人たちが近くにいるんですね。やる気が感じられないから嫌いです』
ポンと冷夏のアイコンが表示され、コメントが書き込まれた。
『あー、言っちゃった』
『里香ちゃんだって同じでしょ?』
『まぁ、そうだけど』
『だよね。中途半端な人たちに背中は預けられない』
もしモンスターに占拠された神津島を奪還するのであれば、厳しい戦いになるだろう。正人がいるからといって勝てるとは限らない。不利な状況になることもある。
そういった場面ほど一人、一人の協力が重要となるのだ。
誰もが必死に戦わなければいけないのだが、他人の力に期待している探索者ほど逃げ出してしまう。そういった危険性を冷夏、そして里香は感じていたのだ。
『人数多い方が良いと思うよ!?』
『ヒナタちゃん……』
深く考えないヒナタの発言に、里香は呆れたようなメッセージを投稿してチャットが止まった。
もう少し画面を見ていたかったが、正人はスマホをしまって顔を上げる。
三人の男性探索者が近くに立っていた。年齢は五十近くあって年上だ。
「きみが正人君かね?」
初対面なのにやや高圧的な聞き方だ。年上だからという単純な理由で偉いと勘違いしている。どことなく、道明寺隼人に似ているようにも感じた。
「そうですけど、あなたは?」
「おっと失礼。私は最近、探索者になった森沢だ。後ろにいるのは田村と保田である」
「新人ですか。手続きで分からないことでも?」
ピクリと森沢の眉が動いた。
年下から見下されたと感じて気分が悪くなったのだ。
発言した正人には、そんな考えはない。職員が忙しそうにしているので、暇そうにしている自分に声をかけたのだと予想して対応しただけである。
「いや。違う。我々は正人君が神津島について、どうするか知りたいのだ」
言いながら森沢はぐるりと周りを見た。正人の視線も追従する。
数十人もの探索者が、こちらに注目していた。
チャットで里香、冷夏の言っていたことが脳内に蘇り、正人は確かにこの人たちと一緒に戦うのは怖いと感じる。
「私なんかの動きなんてどうで良いでしょう。個人で戦う探索者は自ら考え、判断するのも仕事の一つですよ」
「その判断をする材料として君の動きを知りたいと言っているのだッ!」
身勝手な言い分だ。悩むぐらいなら参加しなければ良い。
最近、探索者になったというのであれば、レベルは一だろう。年齢のことも考えれば、激しい戦いには耐えられない。
そもそも神津島奪還計画に参加しようと思うこと自体が無謀な考えだというのを理解していない。
目の前にいる探索者に何を言っても理解されないと思った正人は、小さくため息を吐いてから立ち上がった。
「わかりません。考え中です」
手で森沢を押しのけると、ビルの出入り口に向かって歩き出す。ちょうど里香たちが入ってきた。
「正人さんだーーー!」
大声でヒナタが叫びながら走ってきた。
抱き付かれたので優しく受け止める。里香と冷夏は先を越されたと思って慌ててしまい、考える前に行動してしまう。ヒナタに続いて抱き付いたのだ。
「え、え!? みんな!?」
若い女性に抱き付かれて慌てふためく正人を、周囲の探索者は嫉妬した目で見ている。
森沢たちも例外ではない。嫌々働いていた会社を辞め、人生の一発逆転を期待して探索者になったというのに、周囲から賞賛されるようなことはなく長い下積みの期間が続いているのだ。
目の前の光景を快く思わないのは当然だろう。
「おじさんたちがヒナタを見てるけど、どうして?」
「大声出したからじゃないかな。目立っているようだし、谷口さんに会いに行こう」
かつて似たような感情を道明寺隼人に持っていた正人は、森沢たちを咎めるような気持ちにはならない。
邪魔にならないよう、静かに見えないところへ移動することにした。
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