第138話い、いえ。元同級生ですし……

 通話が終わって買取所に戻った正人は里香と合流すると、会計が終わるまで待合室に設置された椅子に座って待つことにした。


 隣に座る里香は落ち着きのない様子で、ずっと険しい顔をしている正人を見ている。機嫌が急降下していている原因は、協会役員と話しただけではないだろう。先ほどの通話も無関係ではないと考えていた。


「さっきの電話は……」


 正人のことであれば、どんなことでも知りたい。できれば助けになりたい。里香のそんな気持ちを込めた小さな呟きだ。


「ねえ、里香さんには大切な人いる?」


 監視の目が多いこの場でユーリと話したなんて言えない。

 話題を変えるため、正人は先ほどの言葉を無視して質問した。


「え、そ、そうですね……」


 唐突に聞かれて戸惑いながらも真面目な里香は、顎を指に当てて身の回りのことを振り返る。


 大切な人、普通であれば家族だろう。だが里香は施設で育ったこともあって、そのような人たちはいない。小、中、高校に友人と呼べるような人はいなく、中退してからほとんど連絡を取らなくなった。それほど、里香は他人との関係が希薄なのでる。


 里香は最近になるまで人間関係を疎かにしていたことに気付く。

 思い返してみれば、まともな生活をしようともがき苦しんでいた時間が長かった。

 だからといって孤独感はない。それは正人を始めとした仲間がいるからだ。


「一緒に探索をしている正人さん、冷夏ちゃんやヒナタちゃんです。……あとは春君や烈火君も入りますね」


 大切な人が大切にしている人。それを自分も大切に思いたい。里香はそう思うようになっていた。


「私の家族のことまで含めてくれて、ありがとう」

「い、いえ。元同級生ですし……」


 真っ正面からお礼を言われてしまった。

 慣れていない里香は、頬を赤くさせてうつむきながら返事をした。


 いつもであれば可愛らしいなといった印象をもつのだが、今の正人にそんな余裕はない。


『大切な人を守りたいなら、今のうちから対策しておけ』


 最後に放たれた言葉が脳から離れないのだ。


 今はまだ都内が混乱するだけですんでいるが、これからは助けるべき人を選別しなければいけない状況になる可能性もあるだろう。


 最悪を想定して動かなければ。

 不確定要素があるなかで、正人は未来を予想しなければならなかった。


「あ、ワタシたちの番号が呼ばれました」


 会計が終わったと知らせるディスプレイに、正人たちの番号が表示された。

 二人は立ち上がって受付にまで移動する。


「お待たせしました」


 テーブルには鑑定結果の紙が置かれている。

 受付嬢は内容を読み上げるようなことはせずに、手渡した。


 紙に記載されている査定金額は税金を引いた価格で、一千万円だった。一人あたり二百万円が手に入る計算となる。戦闘中に使用したスキルカードが残っていれば、オークションに出品して今回の報酬を何倍にも出来ただろうが、無いものは仕方がない。贅沢は言ってはいけないと、正人は未練を断ち切る。


 今回の収入で冷夏とヒナタは最低でも四百万円を手に入れることとなるので、正人の貯蓄八百万円と合わせれば、英子に借金を返済できるだろう。ダンジョン探索が禁止になる前に金額が用意できてよかったと、安堵する。


 これから双子は、返済の終わらない借金から抜け出すことができ、探索業に専念できるだろう。成人前には、引退して安全な職業に就くという選択も取れるようになる。


 生き方を自らの判断で決められるようになるのだ。

 自由を手に入れたと言っても過言ではない。


 さっそく冷夏たちに連絡しようと思い、正人はスマホを取り出して途中で止まる。


 先ほど双子は英子に呼び出されたからだ。モンスターの出現に怯え、錯乱している英子への対応で、借金返済の話などできないだろう。


 誰から連絡が来たんだ!といって、スマホを奪われ、借入先変更の作戦が漏れてしまう危険すらあり得る。


「こちらの金額でよろしいでしょうか?」


 答える前に明細を里香に見せると、軽く首を縦に振って金額に問題がないと伝えた。


 まあ、探索協会の査定に文句を言っても買い取ってもらえなくなるだけなので、拒否する選択なんて存在ないのだが。


「はい。問題ありません」

「それでは代表者である神宮様の口座にお振込いたします。明日には、ご確認いただけるかと思いますよ」


 受付嬢の話を聞きながら、正人は明細をしまった。


 用事を済ませた正人は、里香を引き連れて買取所を出ると駐車場にまで向かう。


 その間、会話はない。


 後を付いてくる人物がいないことを確認しながら歩いて行く。


 愛車のミニバンが近づいてきたのでロックを外し、探索に使った装備を後部座席にしまい込むと、正人は運転席、里香は助手席に座った。


 エンジンをかけるとエアコンが動き出し、正人はようやく一息つけたと感じる。


「さっきの電話だけど、相手はユーリさんだった」

「え、ユーリさんって、役員の方が探してましたよね。報告しなくていいんですか?」

「ユーリさんとのつながりを疑われて絶対に監視が付く。最悪、監禁されるかもしれない。それほど東京の状況は悪いみたいなんだ」

「でも黙ったままバレたら、もっと酷いことになりませんか?」


 通話記録さえ入手してしまうほどの権力があるのだ。先ほどの通話だって、協会が把握していても不思議ではない。ユーリからの通話がバレてしまい、報告しなかったことで処罰が出るんじゃないかと、里香は不安になっていた。


「知らない番号でかけてきたから、使い捨ての携帯だったんだと思う。追跡するのは難しいと思うよ。それに、ユーリさんから連絡があったら報告してとも言われてないし、重い処罰にはならないはずだ」


 情報漏洩を懸念して、役員はユーリが地上にモンスターを解放した犯人だとは伝えていなかった。


 通話内容までは把握できていないこともあって、仮にユーリと何を話したとと問い詰められても言い逃れは出来る状況である。秘密主義的な組織が裏目に出て、正人の逃げ道を用意してしまったのだった。


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